論語、素読会

何如なるか斯れ之を士と謂うべき|「論語」子路第十三28

子路はたずねていいます、どういう人物を才能・胆力・識見を備えた「士」ということができるでしょうか。孔先生がおっしゃった、お互いに励まし、励まし合い、仲むつまじく交際できる人物を「士」ということができるよと。親友に対しては励まし合い、兄弟とは仲むつまじいのがいい。|「論語」子路第十三28

【現代に活かす論語】
才能や能力を持った人物は、親しい友人とは励まし合い、兄弟と仲良くできるのが好ましい。

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00:00 章句の検討

06:35「子路第十三」前半16 – 30 素読
2023.10.19収録

【解釈】

子路(しろ) … 姓は仲(ちゅう)、名は由(ゆう)、字は子路(しろ)・季路(きろ)。孔子より九歳若い。孔子のボディガード役を果たした。

子路問うて曰わく、何如なるか斯れ之を士と謂うべき。子曰わく、切切偲偲、怡怡如たれば、士と謂うべし。朋友には切切偲偲、兄弟には怡怡たり。|「論語」子路第十三28
子路問曰、何如斯可謂之士矣。子曰、切切偲偲、怡怡如也、可謂士矣。朋友切切偲偲、兄弟怡怡。

「士」(し)は才能・胆力・識見を備えた人。「切切」(せつせつ)ははげましあうさま。「偲偲」(しし)は互いに励ましあう、またそのさま。「怡怡」(いい)はうちとけて、むつまじいさま。「朋友」(ほうゆう)は親友。

子路はたずねていいます、どういう人物を才能・胆力・識見を備えた「士」ということができるでしょうか。孔先生がおっしゃった、お互いに励まし、励まし合い、仲むつまじく交際できる人物を「士」ということができるよと。親友に対しては励まし合い、兄弟とは仲むつまじいのがいい。

【解説】

「士」というのは、才能・能力を持った人を指すと同時に、官職に就く人を指します。孔子と門人たちの目標は「君子」人の上に立つ立派な人です。最上級の「君子」に対して、職を得て役人になった際の心得を聞いているように感じます。


「論語」参考文献|論語、素読会
子路第十三27< | >子路第十三29


【原文・白文】
 子路問曰、何如斯可謂之士矣。子曰、切切偲偲、怡怡如也、可謂士矣。朋友切切偲偲、兄弟怡怡。

(子路問うて曰わく、何如なるか斯れ之を士と謂うべき。子曰わく、切切偲偲、怡怡如たれば、士と謂うべし。朋友には切切偲偲、兄弟には怡怡たり。)
【読み下し文】
 子路(しろ)問(と)うて曰(い)わく、何如(いか)なるか斯(こ)れ之(これ)を士(し)と謂(い)うべき。子(し)曰(のたま)わく、切切(せつせつ)偲偲(しし)、怡怡(いい)如(じょ)たれば、士(し)と謂(い)うべし。朋友(ほうゆう)には切切(せつせつ)偲偲(しし)、兄弟(きょうだい)には怡怡(いい)たり。


「論語」参考文献|論語、素読会
子路第十三27< | >子路第十三29


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