子貢が言うには、君子・人の上に立つ立派な人の過ちは、太陽や月の欠け、つまり日蝕や月蝕のようなものだと。失敗すると人は皆、君子を見る。(間違いを)改めると人は皆、君子を敬う。|「論語」子張第十九21
【現代に活かす論語】
人の上に立つ立派なリーダーの失敗は、日蝕や月蝕に目を奪われるように全員が見ます。ただ、この間違いを改めることによって、人々は尊敬するのです。
【解釈】
子貢(しこう) … 賜(し)。姓は端木(たんぼく)、名は賜(し)、字は子貢(しこう)。孔子より三十一歳若い。「論語」の中で孔子との問答がもっとも多い。「論語」の登場人物|論語、素読会
子貢曰わく、君子の過や、日月の食の如し。過つや人皆之を見る。更むるや人皆之を仰ぐ。|「論語」子張第十九21
子貢曰、君子之過也、如日月之食焉。過也人皆見之。更也人皆仰之。
「君子」(くんし)は徳の高いりっぱな人物、人の上に立つ立派な人、リーダー。「過」(あやまち)はあやまち、失敗。「日月」(じつげつ)は太陽と月。「食」(しょく)は欠ける。「更」(あらたむ)は新しものにかえる。「仰」(あおぐ)は敬う。
子貢が言うには、君子・人の上に立つ立派な人の過ちは、太陽や月の欠け、つまり日蝕や月蝕のようなものだと。失敗すると人は皆、君子を見る。(間違いを)改めると人は皆、君子を敬う。
【解説】
「之」は君子を指します。君子は孔子及び孔子の門下生たちが目指す人物像です。この章句のポイントは、注目される故に、失敗を改めると尊敬を集めることもできるという点だと思います。というのは、過ち、間違いは誰にもあるというのが孔子の考えです。むしろ、間違いに気づいて改めることを重要視しています。この考えは以下の章句から受け取ることができます。
この子貢の章句に加え、孔子は、「過ちに気がついたら改めることは、誰に遠慮がいるだろうか。|「論語」学而第一08」「失敗しても訂正しない。これを過ちという。|「論語」衛霊公第十五30」といい、子夏は「徳のないつまらない人物は必ず言い繕うとする。|「論語」子張第十九08」といいます。
「論語」参考文献|論語、素読会
子張第十九20< | >子張第十九22
【原文・白文】
子貢曰、君子之過也、如日月之食焉。過也人皆見之。更也人皆仰之。
(子貢曰わく、君子の過や、日月の食の如し。過つや人皆之を見る。更むるや人皆之を仰ぐ。)
【読み下し文】
子貢(しこう)曰(い)わく、君子(くんし)の過(あやまち)や、日月(じつげつ)の食(しょく)の如(ごと)し。過(あやま)つや人(ひと)皆(みな)之(これ)を見(み)る。更(あらた)むるや人(ひと)皆(みな)之(これ)を仰(あお)ぐ。
「論語」参考文献|論語、素読会
子張第十九20< | >子張第十九22


