論語、素読会

禹は吾間然すること無し|「論語」泰伯第八21

孔先生がおっしゃった、帝王の禹については非難する点がない。食事を減らして鬼神を敬い、衣服を粗末にして祭祀に用いる前掛けや冠を美しくする。住居を粗末にして田の用水の整備に尽くしている。禹について非難する点がないなぁ。|「論語」泰伯第八21

【現代に活かす論語】
非の打ち所がない政治とは、日々の経費を倹約して天下に感謝し、身なりの贅沢を押さえて先人を敬い、自分の住環境よりも人民の生活環境の整備を優先します。

組織運営の理想は、まず倹約。そして先人の教えを敬い、部下を敬うことです。

『論語、素読会』YouTube動画
00:00 章句の検討

16:00 「泰伯第八」後半11-21 素読
2022.3.11収録

【解釈】

堯・舜・禹(ぎょう・しゅん・う) … 伝説上の天子、帝王。舜は尭から禅譲[帝王がその位を世襲せず、有徳者に譲ること]した。禹は舜に推されて王となり、夏王朝を開いたとされる。

子曰わく、禹は吾間然すること無し。飮食を菲くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして、美を黻冕に致し、宮室を卑しくして、力を溝洫に尽す。禹は吾間然すること無し。|「論語」泰伯第八21
子曰、禹吾無間然矣。菲飮食、而致孝乎鬼神、悪衣服、而致美乎黻冕、卑宮室、而尽力乎溝洫。禹吾無間然矣。

「間然」(かんぜん)は欠点などを指摘して非難する。「菲」(うすくす)は減らす。「孝」(こう)は先祖を敬うこと。『孝』とは?|論語、素読会 「鬼神」(きしん)は先祖の魂と神々。「黻冕」(ふつべん)は祭祀に用いる礼服。前掛けと冠。「卑」(いやしい)は高さがない。「宮室」(きゅうしつ)は住居。「溝洫」(こうきょく)は田の間の用水路。

孔先生がおっしゃった、帝王の禹については非難する点がない。食事を減らして鬼神を敬い、衣服を粗末にして祭祀に用いる前掛けや冠を美しくする。住居を粗末にして田の用水の整備に尽くしている。禹について非難する点がないなぁ。

【解説】

孔子が非難する点がないと称賛しているのは、倹約と尊敬です。食事を倹約し衣服、住居を粗末にして、神を敬い、先祖の霊に礼を尽くし、人民を立てる、これは孔子が理想としている政治の形です。


「論語」参考文献|論語、素読会
泰伯第八20< | >子罕第九01


【原文・白文】
 子曰、禹吾無間然矣。菲飮食、而致孝乎鬼神、悪衣服、而致美乎黻冕、卑宮室、而尽力乎溝洫。禹吾無間然矣。
<子曰、禹吾無間然矣。菲飮食、而致孝乎鬼神、惡衣服、而致美乎黻冕、卑宮室、而盡力乎溝洫。禹吾無間然矣。>

(子曰わく、禹は吾間然すること無し。飮食を菲くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして、美を黻冕に致し、宮室を卑しくして、力を溝洫に尽す。禹は吾間然すること無し。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、禹(う)は吾(われ)間然(かんぜん)すること無(な)し。飮食(いんしょく)を菲(うす)くして、孝(こう)を鬼神(きしん)に致(いた)し、衣服(いふく)を悪(あ)しくして、美(び)を黻冕(ふつべん)に致(いた)し、宮室(きゅうしつ)を卑(いや)しくして、力(ちから)を溝洫(こうきょく)に尽(つく)す。禹(う)は吾(われ)間然(かんぜん)すること無(な)し。


「論語」参考文献|論語、素読会
泰伯第八20< | >子罕第九01


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