論語、素読会

夷狄に之くと雖も、棄べからざる|「論語」子路第十三19

燓遅が「仁」について尋ねた。孔先生がおっしゃった、家に居るときはつつしみ深く、仕事をするときは敬いへりくだり、人と交際するときに誠実である(というのが仁である)。たとえ未開の地に行くとしても忘れてはならない。|「論語」子路第十三19

【現代に活かす論語】
人の上に立つリーダーは家に居るときはもの静かで、仕事をするときはつつしみ深く、誠実に人と交際する。どんな状況にあってもこれを忘れてはなりません。

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00:00 章句の検討

06:35「子路第十三」前半16 – 30 素読
2023.10.06収録

【解釈】

樊遅(はんち) … 姓は樊(はん)、名は須(す)、字は子遅(しち)。孔子より三十四歳若い。孔子が移動に使う牛車の御者(運転手)を務めた。「論語」の登場人物|論語、素読会

燓遅仁を問う。子曰わく、居る処恭、事を執りて敬、人と与りて忠なるは、夷狄に之くと雖も、棄つべからざるなり。|「論語」子路第十三19
燓遅問仁。子曰、居処恭、執事敬、与人忠、雖之夷狄、不可棄也。

「恭」(きょう)はつつしみ深くへりくだったさま。「事」(こと)は職務、任務、職業、つとめ。「敬」(けい)はへりくだるさま。「忠」(ちゅう)は自分に誠実であること。『忠』とは?|論語、素読会 「仁」(じん)は思いやりの心に身を置いて生きること。『仁』とは?|論語、素読会 「夷狄」(いてき)は中国周辺の異民族[東夷・南蛮・西戎・北狄]の総称、未開人、えびす。「棄」(すてる)は忘れる。

燓遅が「仁」について尋ねた。孔先生がおっしゃった、家に居るときはつつしみ深く、仕事をするときは敬いへりくだり、人と交際するときに誠実である(というのが仁である)。たとえ未開の地に行くとしても忘れてはならない。

【解説】

たとえ未開の地に行ったとしても(どんなところに行っても)忘れてはならないということは、いつもどんなときも忘れてはならないということです。自分が遭遇したことがない状況においても、常に「仁」の中に居る(里る)こと、それが燓遅に回答された「仁」です。どのような状況で燓遅が尋ねたのかは分かりませんが、日頃、孔子が移動する馬車の御者を勤めていたという燓遅に、夷狄に行くとしてもという例えで説明しているところに孔子の工夫があると思います。


「論語」参考文献|論語、素読会
子路第十三18< | >子路第十三20


【原文・白文】
 燓遅問仁。子曰、居処恭、執事敬、与人忠、雖之夷狄、不可棄也。
<樊遲問仁。子曰、居處恭、執事敬、與人忠、雖之夷狄、不可棄也。>

(燓遅仁を問う。子曰わく、居る処恭、事を執りて敬、人と与りて忠なるは、夷狄に之くと雖も、棄つべからざるなり。)
【読み下し文】
 燓遅(はんち)仁(じん)を問(と)う。子(し)曰(のたま)わく、居(お)る処(ところ)恭(きょう)、事(こと)を執(と)りて敬(けい)、人(ひと)と与(まじわ)りて忠(ちゅう)なるは、夷狄(いてき)に之(ゆ)くと雖(いえど)も、棄(す)つべからざるなり。


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