論語、素読会

棖や慾あり。焉んぞ剛なるを得ん|「論語」公冶長第五11

孔先生がおっしゃった、私は本当に強いひとに会ったことがないと。するとある人が申棖がおりますと答えておっしゃった。孔先生がおっしゃった、棖は欲が深い。どうして本当に強いといえるだろうか。|「論語」公冶長第五11

【現代に活かす論語】
当に強いひとに出会うことはない。私欲を捨てることができずに本当に強い人といえるだろうか。

『論語、素読会』YouTube動画
00:00 章句の検討
07:35 「公冶長第五」前半01-15 素読
2021.7.10収録

【解釈】

申棖(しんとう)棖(とう) … 姓は申、名は棖、また党・棠・続、字は周。「論語」の登場人物|論語、素読会

子曰わく、吾未だ剛なる者を見ず。或ひと対えて曰わく申棖と。子曰わく、棖や慾あり。焉んぞ剛なるを得ん。|「論語」公冶長第五11
子曰、吾未見剛者。或対曰申棖。子曰、棖也慾。焉得剛。

「剛」(ごう)は本当に強いこと。「対曰」(こたえていわく)は目上の人に対する敬語。「慾」(よく)は欲、私欲。「焉得〜」どうして〜といえるだろうか。

孔先生がおっしゃった、私は本当に強いひとに会ったことがないと。するとある人が申棖がおりますと答えておっしゃった。孔先生がおっしゃった、棖は欲が深い。どうして本当に強いといえるだろうか。

【解説】

欲あればその欲が剛の邪魔をします。私欲を捨てることは困難であることから孔子が本当の意味で強いひとを見たことがないという表現になると思います。
私が見たことがないという表現を会ったことがないという解釈をするのは、一見して判断できることではないので会うというニュアンスを追加しています。
この章句は、申棖の人柄を評価するというより、剛毅な申棖でさえも欲があるために本当に強いとは言い難いと伝えることが主眼になっていると思います。
ある人とは弟子以外の人の事を指し、孔子がその返答の際に「棖」と名で呼んでいることから、弟子たちのことをよく知る人物だと推察されます。


「論語」参考文献|論語、素読会
公冶長第五10< | >公冶長第五12


【原文・白文】
 子曰、吾未見剛者。或対曰申棖。子曰、棖也慾。焉得剛。
<子曰、吾未見剛者。或對曰申棖。子曰、棖也慾。焉得剛。>

(子曰わく、吾未だ剛なる者を見ず。或ひと対えて曰わく申棖と。子曰わく、棖や慾あり。焉んぞ剛なるを得ん。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、吾(われ)未(いま)だ剛(ごう)なる者(もの)を見(み)ず。或(ある)ひと対(こた)えて曰(い)わく申棖(しんとう)と。子(し)曰(のたま)わく、棖(とう)や慾(よく)あり。焉(いずく)んぞ剛(ごう)なるを得(え)ん。

「剛者」は(ごうなるもの)とも(ごうしゃ)とも読み下す。


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公冶長第五10< | >公冶長第五12