論語、素読会

帰らんか帰らんか|「論語」公冶長第五22

【原文】
 子在陳曰、帰与帰与。吾党之小子狂簡、斐然成章。不知所以裁之。
<子在陳曰、歸與歸與。吾黨之小子狂簡、斐然成章。不知所以裁之。>

(子陳に在りて曰わく、帰らんか帰らんか。吾が党の小子狂簡、斐然として章を成す。之を裁する所以を知ざるなり。)
【読み下し文】
 子(し)陳(ちん)に在(あ)りて曰(のたま)わく、帰(かえ)らんか歸(かえ)らんか。吾(わ)が党(とう)の小子(しょうし)狂簡(きょうかん)、斐然(ひぜん)として章(しょう)を成(な)す。之(これ)を裁(さい)する所以(ゆえん)を知(しら)ざるなり。

『論語、素読会』
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00:00 章句の検討
09:15 「公冶長第五」前半16-28 素読
2021.8.6収録


【解釈】

子在陳曰、帰与帰与。吾党之小子狂簡、斐然成章。不知所以裁之。

「帰与」は二度繰り返して強調している。「小子」(しょうし)は門人たちのこと。「党」は故郷のこと。「狂簡」(きょうかん)の「狂」は志が大きいこと。「簡」は簡略なこと。「狂簡」で志は大きいが中身が伴わず未完成な様子。
「斐然」は文様が美しい様。「成章」は文様が美しく織られていること。ここでは人材の美しさを例えている。「裁」(さい)は裁縫のこと。美しい織物を裁ち縫製して仕立てること。ここではよい人材を磨いて立派な成人に育てること。
孔先生が陳の国を訪れておっしゃった、さあ帰ろう帰ろう。私の故郷の若い弟子たちは志が大きいがまだまだ未完成だ。美しい文様が織り込まれた織物のように、彼らの素質は整っている。立派な衣装に仕立てる術を知らないだけだ。


【解説】

孔子が陳の国を訪れたとき、陳の国の国難を見て発した言葉と言われています。
魯の国の大夫を辞して衛に行くもしばらくして諸国周遊の旅に出た孔子は、出立から十余年もの月日が経っていた、その頃の話だそうです。
若い人材の教育こそが孔子自身の志を成就する道だと考え決心した。そう文献は解説しています。
どんな状況下でだれに向かって発せられた言葉なのか?
同行する門人たちと陳の国難についてくり返しくり返し話し合う中で閃き決心したのでしょうか。広い中国の地を旅しながらさまざまな人々と出会ってきた中で、陳を含めた隣国との動乱を目の当たりにして、戦乱の世の中を変えるには人材教育の大切さを強く認識した。その瞬間を切り取った章句と考えるとドラマチックです。
「帰与帰与」文頭のくり返しがどこか和やかでおもしろおかしく感じるのは、孔子と弟子たちの日常に多くのにぎやかな会話や活発な論議が交わされる様子を想像することができます。


「論語」参考文献|論語、素読会
公冶長第五21< | >公冶長第五23


【現代に活かす論語】
人材は揃っている。あとは立派な成人に仕立てるだけだ。