論語、素読会 欺くべきも、罔うべからざるなり|「論語」雍也第六24 2021年9月19日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 宰我が孔子に尋ねた、仁徳があるひとは、井戸にひとが墜ちていると告げられたら、それを信じて助けるでしょうか。孔先生がおっしゃった、どうしてそ …
論語、素読会 觚觚ならず。觚ならんや|「論語」雍也第六23 2021年9月18日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 孔先生がおっしゃった、觚の角が無くなっていては、觚であるといえるだろうか。觚であるといえない。|「論語」雍也第六23 【現代に活かす論語】本来の形式を失っていては、その存在 …
論語、素読会 斉一変せば魯に至らん。魯一変せば道に至らん|「論語」雍也第六22 2021年9月18日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 孔先生がおっしゃった、斉の国が少し変わって進歩すれば魯の国のようになるだろう。魯の国が少し変わって進歩すれば道義のある政治が行われる国にな …
論語、素読会 知者は楽しみ、仁者は寿し|「論語」雍也第六21 2021年9月18日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 孔先生がおっしゃった、知者は水を楽しみ、仁者は泰然自若として山を楽しむ。知者は動いて停滞せず、仁者は静かに安んじている。知者は変化を楽しみ …
論語、素読会 『恕』とは?|論語、素読会 2021年9月17日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 「忠恕」(ちゅうじょ)の「忠」は誠実、「恕」は思いやり。ここでは「仁」を構成するものとして考えてもいいのではないか。 曾子曰、夫子之道、忠恕而已矣。曾子はこう答えた、孔先生 …
論語、素読会 『知』『智』とは?|論語、素読会 2021年9月17日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 「知」(ち)は知者、知識があるもの。 択不處仁、焉得知。自ら選択して「仁」を自分のこころに置かないのであれば、どうして智があるもになり得ようか。択びて仁に處らずんば、焉んぞ …
論語、素読会 『忠』とは?|論語、素読会 2021年9月17日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 「忠」はまごころ、まことの意、忠誠のこと。 孔子対曰、君使臣以礼、臣事君以忠。孔先生が答えられた、君子は待遇正しく臣下を使い、臣下はまことを以て君子に仕えればよろしいと思い …
論語、素読会 仁者は難きを先にして獲ることを後にす、仁と謂うべし|「論語」雍也第六20 2021年9月16日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 樊遅が「知」について尋ねた。孔先生がおっしゃった、ひととしての道理を務め、神仏を敬うが頼りすぎない、これを「知」という。樊遅が「仁」につい …
論語、素読会 中人以上には、以て上を語るべきなり|「論語」雍也第六19 2021年9月15日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 孔先生がおっしゃった、中程度以上のひとには高尚なことを語っても構わないが、中程度以下のひとには高尚なことを語るべきでは無い。|「論語」雍也 …
論語、素読会 之を好む者は之を楽しむ者に如かず|「論語」雍也第六18 2021年9月15日 たなくらちあき [論語素読会]苟日新、日日新、又日新 孔先生がおっしゃった、知る者は好む者に及ばず、好む者は楽しむものに及ばない。|「論語」雍也第六18 【現代に活かす論語】それを知る者 …