論語、素読会

山川其れ諸を舎てんや|「論語」雍也第六04

【原文】
 子謂仲弓曰、犂牛之子、騂且角、雖欲勿用、山川其舎諸。

(子仲弓を謂いて曰わく、犂牛の子、騂くして且つ角あらば、用うること勿からんと欲すと雖も、山川其れ諸を舎てんや。)
【読み下し文】
 子(し)仲弓(ちゅうきゅう)を謂(い)いて曰(のたま)わく、犂牛(りぎゅう)の子(こ)、騂(あか)くして且(か)つ角(つの)あらば、用(もち)うること勿(な)からんと欲(ほっ)すと雖(いえど)も、山川(さんせん)其(そ)れ諸(これ)を舎(す)てんや。

『論語、素読会』
YouTube動画
00:00 章句の検討
11:35 「雍也第六」前半01-10 素読
2021.8.27収録


仲弓(ちゅうきゅう) … 姓は冉(ぜん)、名は雍(よう)、字は仲弓。孔子より二十九歳若い門人。李氏の宰になった。

【解釈】

子謂仲弓曰、犂牛之子、騂且角、雖欲勿用、山川其舎諸。

「謂」(いう)は言う。「犂牛」(りぎゅう)は毛色のまだらな牛、ごく普通の牛。「騂」(あかくする)は赤毛で。「用」(もちうる)は祭祀に用いる。「勿」(なかれ)はするな、してはならない。「山川」(さんせん)は山川の神。「舎」(すてる)は捨てる。
孔先生が仲弓の人物についておっしゃった、ごく普通の牛の子であっても毛が赤く角があれば、祭祀の生け贄として用いないと思っても、神が捨てては(放っては)置かないだろう。


【解説】

文献によれば、仲弓を慰めた章句といわれています。仲弓の父親は賤しく行いが悪い(論語集註)ためそれを気にしている仲弓に対して、親の行いがどうであろうと自分が立派であれば問題がないと慰めたのです。
祭祀の生け贄として選ばれることは牛にとって名誉であるという考え方が前提としてあります。毛色が赤く角があれば祭祀に用いられる、親牛がまだら毛であっても関係がないという例えです。
孔子の人物本位の考え方を示す章句です。


「論語」参考文献|論語、素読会
雍也第六03< | >雍也第六05


【現代に活かす論語】
そのひと本人が立派であれば、出生の環境や親の人柄などは関係ない。