論語、素読会

丘の祈ること久し|「論語」述而第七34

【原文】
 子疾病。子路請祈。子曰、有諸。子路対曰、有之。誄曰、祈爾于上下神祇。子曰、丘之祈久矣。
<子疾病。子路請禱。子曰、有諸。子路對曰、有之。誄曰、禱爾于上下神祇。子曰、丘之禱久矣。>

(子の疾病なり。子路祈らんことを請う。子曰わく、諸有りや。子路対えて曰わく、之有り。誄に曰わく、爾を上下の神祇に祈ると。子曰わく、丘の祈ること久し。)
【読み下し文】
 子(し)の疾(やまい)病(おもき)なり。子路(しろ)祈(いの)らんことを請(こ)う。子(し)曰(のたま)わく、諸(これ)有(あ)りや。子路(しろ)対(こた)えて曰(い)わく、之(これ)有(あ)り。誄(るい)に曰(い)わく、爾(なんじ)を上下(しょうか)の神祇(しんぎ)に祈(いの)ると。子(し)曰(のた)わく、丘(きゅう)の祈(いの)ること久(ひさ)し。
※「疾病なり」は、(やまいおもきなり)とも、(やまいへいなり)とも読み下す。

『論語、素読会』
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00:00 章句の検討

14:35 「述而第七」後半24-37 素読
2022.1.7収録


子路(しろ) … 姓は仲(ちゅう)、名は由、字は子路・季路。孔子より9歳若く孔子門人の中で最年長。孔子のボディガード役を果たした。

丘(きゅう) … 孔子自身。姓は孔、名は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。仲は次男のこと。

「誄」(るい) … 功績などを述べ累(かさ)ねて、祈る文。
「神祇」(しんぎ) … 天のかみを神といい、地のかみを祇という。

【解釈】

子疾病。子路請祈。子曰、有諸。子路対曰、有之。誄曰、祈爾于上下神祇。子曰、丘之祈久矣。

「疾」(やまい)はひろく病気を指す。「病」(やまい)は病気の容態が悪くなったことを指す。「有諸」(これありや)は、先例があるのかの意。「対」(こたえる)は、目上の人に答えるときに使う。「上下」(しょうか)は天地のこと。「久」(ひさし)は長くとどまる。
孔先生が病気で病状が悪かったとき、子路は全快を祈りたいと孔先生に願い出た。孔先生がおっしゃった、治癒を願い祈るという先例があるのかと。子路は答えていった、ありますと。誄(るい)というそのひとの功績を述べて祈る文には、汝を天地の神々に祈るとありますと。孔先生がおっしゃった、(そういうことであればすでに)私は長いこと祈っているよ。


【解説】

子路が孔子に確認をとったのは、神頼みということだと思いますが、現在のように全快を祈るということが当たり前ではなかったことが、ひとつの驚きです。先例があるのかという問いに対して、子路があると答えたところから想像すると、子路ははじめからこの問いに対する回答を準備していたフシがあります。孔子の病を案じた弟子たちが、神に祈ろうと思い立ちます。しかしながら孔子の日頃の教えを鑑みると、事前に許しを請うておくべきだろうとなり、子路が代表して尋ねた。そんな背景ではないでしょうか。
孔子の教えとは、常日頃から正しい行いをしていれば必ず天からの助けがあるということ。君子を目指す者として、自らの行動なくして天に祈るなと否定していたのですから、事前の確認というのは弟子として当然の行動だったと思います。
案の定、孔子は弟子たちの考えのある部分を正しました。病だからと特別に祈るということをせずとも、普段から先人の功績に対して敬意を表している。正しい行いをしているので大丈夫であるという、孔子の自負を弟子に示したのだと考えられるのです。


「論語」参考文献|論語、素読会
述而第七33< | >述而第七35


【現代に活かす論語】
困ったときの神頼みではなく、日頃から神に恥ずかしくない行動を行い、自然に神助を得られるようにしておく。これこそが孔子の教えです。