論語、素読会

諸夏の亡きが如くならざるなり|「論語」八佾第三05

【原文】
 子曰、夷狄之有君、不如諸夏之亡也。
(子曰わく、夷狄どもの君あり、諸夏の亡きが如くならざるなり。)

『論語、素読会の素』
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10:25​ 「八佾第三」01-26 素読
2021.4.8収録


【解釈】

子曰、夷狄之有君、不如諸夏之亡也。

「夷狄」(いてき)は、東夷北狄(とういほくてき)といい四方のえびすのこと。未開民族を呼ぶ名。東夷・南蛮・北狄・西戎(せいじゅう)といって、四方の未開の民を四夷と称した。春秋時代は秦・楚・呉・越を夷狄と呼んだ。「君」とは君主。「諸夏」は魯(ろ)・衛・宋・鄭(てい)などの諸侯を含めて中国の意。夷狄に対して諸夏という。「亡」(ない)は君主が無いの意。
孔先生がおっしゃった、未開の民族といって蔑む国に立派な君主があるのは、中国で君主がいても君主がいないかのように国が乱れているようなものではない。


【解説】

君主があって安定している国であっても未開の国と言って先入観で蔑んでいるが、君主があっても国が乱れている自分たちの国々とは全く異なるのである。形式的に諸侯を尊重して国を乱れさせておきながら、君主が正しくある夷狄を軽視するという偏見を非難しています。


「論語」参考文献|論語、素読会
八佾第三04< | 八佾第三06


【現代に活かす論語】
歴史が浅い、規模が小さいというだけで他の組織のことを軽視しているが実はそちらの方が組織が安定している。自身の組織の形骸化、正常では無い状態とは異なるにも関わらず。