論語、素読会

言に尤寡なく行いに悔寡なければ、禄其の中に在り|「論語」為政第二18

【原文】
 子張学干禄。子曰、多聞闕疑、慎言其余、則寡尤。多見闕殆、慎行其余、則寡悔。言寡尤行寡悔、禄在其中矣。
<子張學干祿。子曰、多聞闕疑、愼言其餘、則寡尤。多見闕殆、愼行其餘、則寡悔。言寡尤行寡悔、祿在其中矣。>

(子張禄を干めんことを学ぶ。子曰わく、多く聞きて疑わしきを闕き、慎しみて其の余を言えば、則ち尤寡なし。多く見て殆きを闕き、慎しみて其の余を行へば、則ち悔寡なし。言に尤寡なく行いに悔寡なければ、禄其の中に在り。)
※読み下し文を複数掲載する理由|論語、素読会
【読み下し文①】
 子張(しちょう)禄(ろく)を干(もと)めんことを学(まな)ぶ。子(し)曰(のたま)わく、多(おお)く聞(き)きて疑(うたが)わしきを闕(か)き、慎(つつ)しみて其(そ)の余(あま)りを言(い)えば、則(すなわ)ち尤(とがめ)寡(すく)なし。多(おお)く見(み)て殆(あやう)きを闕(か)き、慎(つつ)しみて其(そ)の余(あまり)を行(おこな)へば、則(すなわ)ち悔(くい)寡(すく)なし。言(ことば)に尤(とがめ)寡(すく)なく行(おこな)いに悔(くい)寡(すく)なければ、禄(ろく)其(そ)の中(なか)に在(あ)り。[仮名論語・新釈漢文大系 論語
【読み下し文②】
 子張(しちょう)干禄(かんろく)を学(まな)ぶ。子(し)曰(い)わく、多(おお)く聞(き)きて疑(うたが)わしきを闕(か)き、慎(つつ)しみて其(そ)の余(あま)りを言(い)えば、則(すなわ)ち尤(とがめ)寡(すく)なし。多(おお)く見(み)て殆(あやう)きを闕(か)き、慎(つつ)しみて其(そ)の余(あまり)を行(おこな)へば、則(すなわ)ち悔(くい)寡(すく)なし。言(げん)に尤(とがめ)寡(すく)なく行(おこな)いに悔(くい)寡(すく)なければ、禄(ろく)其(そ)の中(なか)に在(あ)りと。[論語と孔子の事典

『論語、素読会』
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00:00​ 章句の検討

15:00​ 「為政第二」01-24 素読
2021.3.24収録


子張 … 姓は顓孫(せんそん)、名は師、字は子張。孔子より48歳若い。「論語」の登場人物|論語、素読会

学干禄は、干禄(かんろく)を学ぶ、とも、禄(ろく)を干(もと)めんことを学ぶ、とも読み下します。

【解釈】

子張学干禄。

「禄」は俸禄(ほうろく)、報酬、金銭のこと。「干」は求める。つまり禄を求めるは仕官して職を得ること。
子張は仕官するために学ぶ方法を知りたがっていた。

子曰、多聞闕疑、慎言其余、則寡尤。

「闕」(かく)は欠くのこと。「尤」(とがめ)は咎める。
孔先生がおっしゃった、さまざまなことを聞いて自分の中の疑わしいことを取り除いて、その上で慎重に確かなことだけを言葉にすれば、咎められることは少ない。

多見闕殆、慎行其余、則寡悔。

「殆」(あやうき)は危うき。
さまざまなものを見て、危ういことあやふやなことを除いて、その上で慎重に確かな行動を行えば、後悔することは少ない。

言寡尤行寡悔、禄在其中矣。

「在其中矣」自然にその中に生ずること。求めなくとも自然に得られること。慣用句とあります。
ことばに咎められることが少なく、行動に後悔することが少なければ、その中に自然と職を得ることができるだろう。


【解説①】

48歳年下ということは子張が入門時の孔子は60歳代でした。孔子の元で学びはじめて間もない若者は、単刀直入に仕官の職を得るための方法を尋ねています。恐らく大変に若く野心があった彼からは焦りのようなものも感じます。また彼の言動もまだまだ未熟だったに違いありません。これに対して、知識太りではなくそれによって必要がないことをそぎ落としていくこと行動につなげていくことこそ学びである。そんなことを伝えている章句だと思います。

【解説②】

論語には孔子と弟子とのさまざまなやり取りが収められています。この章句のように若い弟子とのやり取りもありますが、熟練の弟子の成長をよろこぶ章句もあります。合わせて味わってみてください。
切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如しと|「論語」学而第一15


「論語」参考文献|論語、素読会
為政第二17< | >為政第二19


【現代に活かす論語】
私たちは、さまざまな多くのことを聞いて疑わしく自信のないこと危険なことを避けていく。そして確かなことを慎重に言い行えば、人から注意されることも少なく、自分が後悔することも少なくなる。注意されることや後悔することが少なくなれば、自然と就職への道が開くだろう。