論語、素読会

礼は其の奢らんよりは寧ろ倹なれ|「論語」八佾第三04

【原文】
 林放問礼之本。子曰、大哉問。礼与其奢也寧倹。喪与其易也寧戚。
<林放問禮之本。子曰。大哉問。禮與其奢也寧儉。喪與其易也寧戚。>
(林放礼の本を問う。子曰わく、大いなるかな問いや。礼は其の奢らんよりは寧ろ倹なれ。喪は其の易まらんよりは寧ろ戚めと。)

『論語、素読会の素』
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00:00​ 章句の検討

07:40​ 「八佾第三」01-26 素読
2021.4.7収録


易は、(おさまらん)とも(そなわらん)とも読み下す。

林放(りんぽう) … 魯の人。

【解釈】

林放問礼之本。子曰、大哉問。

「礼」は先人から受け継がれている制度や祭礼、儀式など。孔子は非礼にならないよう大切にしている。ここでは先祖を祭る祭礼の根本を聞いている。「本」(もと)は根本。「大哉問」(だいなるかなといや)は重大な質問だね。という感嘆の気持ち。
林放が礼の根本を尋ねた。孔先生がおっしゃった、重大な質問だな。

礼与其奢也寧倹。

「奢」(おごる)は気を張って派手にしようとすること。「寧」(むしろ)。「倹」(けんする)はつつまやかにする、引き締める。
祭礼は派手にするよりもむしろ控えめにする方がよい。

喪与其易也寧戚。

「喪」(そう)は葬式。「易」(そなわる)は儀式が整うこと。「戚」(いたむ)は心から悲しむこと。
お葬式は形式が整うよりむしろ心から悲しむようにしなさい。


【解説】

林放は司馬遷の「史記」の中には記載がないそうです。孔子の弟子であったかどうかという点は定かではありません。ただ、この林放が「礼」の根本を講師に尋ねました。本章句の「礼」は先祖の霊を祭る祭礼や葬式のことを指します。祭礼を控えめにし心から悲しむべしとは、とても当たり前のことですが、それだけ周りで執り行われる「礼」が乱れていたのかも知れません。

孔子の時代、「礼」は政治と密接に繋がっていました。「礼」はただ祖先を祭ることだけでなく、天子(王)は政治の制度や規範といったものを「礼」を通じて執り行っていたと思います。となれば、この章句を現代の組織論に落とし込んで考えることも可能ではないかと思います。


「論語」参考文献|論語、素読会
八佾第三03< | >八佾第三05


【現代に活かす論語】
組織における祭礼を派手にするよりむしろ控えめにする方がよい。形式的に行うより真心で行うことが大切である。