論語、素読会

学は及ばざるが如くするも、猶之を失わんことを恐る|「論語」泰伯第八17

【原文】
 子曰、学如不及、猶恐失之。
<子曰、學如不及、猶恐失之。>

(子曰わく、学は及ばざるが如くするも、猶之を失わんことを恐る。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、学(がく)は及(およ)ばざるが如(ごと)くするも、猶(なお)之(これ)を失(うしな)わんことを恐(おそ)る。


【解釈】

子曰、学如不及、猶恐失之。

「如」(ごとくす)は従う、その通りにする。「猶」(なお)はA猶BでA=Bの意。
孔先生がおっしゃった、学問は常に及ばないという気持ちにしたがって探求していくが、それでもなお、学ぶという気持ち自体を失うことを心配するものだ。


【解説】

「学問は及ばないということに従うが、なおこれを失うことを恐れる」
そのまま訳すとこのようになりますが、より分かりやすい表現を求めて解釈を行います。「及ばない」というのは学びに終わりがないということで、常に理想に近づこうとする継続的に学問を求める気持ちを指します。同時に学ぶ目的が明確でないと何かのきっかけで学びを「失う」ことがあるため、この目的そしてそれを達成するための目標設定が重要になります。ひとは常に自分自身で見張って点検する必要がある。孔子はシンプルにこの状態を表現したかったのだと思います。


「論語」参考文献|論語、素読会
泰伯第八16< | >泰伯第八18


【現代に活かす論語】
学びには終わりがなく常に求め続けるものであるが、同時にその目的を失うことを恐れるべきである。