論語、素読会

是をも忍ぶべくんば、孰れをか忍ぶべからざらんや|「論語」八佾第三01

【原文】
 孔子謂季氏、八佾舞於庭。是可忍也、孰不可忍也。
(孔子季氏を謂う、八佾庭に舞わしむ。是をも忍ぶべくんば、孰れをか忍ぶべからざらんや。)

『論語、素読会の素』
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00:00​ 章句の検討

10:45​ 「八佾第三」01-26 素読
2021.4.2収録


季氏 … 魯の大夫、三桓(孟孫氏、叔孫氏、季孫氏)のひとつ。魯の襄公のころから大臣職を独占し、襄公を無視して権力を欲しいままにした。

【解釈】

孔子謂季氏、八佾舞於庭。

「謂」(いう)は批評する。「八佾」(はちいつ)は舞楽の行列で、一佾は1列(8人)で8列の舞は天子が行うことができる。諸侯は六佾、大夫は四佾、士は二佾で舞っていた。
季氏を批評して孔先生がおっしゃった、季氏は家老の身分で天子の八佾を庭で舞わせた。

是可忍也、孰不可忍也。

「忍」は容認する。「孰」(いずれをか)はどんなことも。
これを容認してしまえば、どんなことも容認できないことはないだろう。


【解説】

魯の貴族、三桓氏(三家)のうちの一族。傲慢な振る舞いに対して孔子が痛烈に批判をした章句です。身分をわきまえない非礼な行いを孔子は許しがたいと感じていたのだと思います。


「論語」参考文献|論語、素読会
為政第二24< | >八佾第三02


【現代に活かす論語】
非礼なこと、僭越なことを許してしまえば、他のものもすべて許したも同然である。