論語、素読会

吾斯を之れ未だ信ずること能わず|「論語」公冶長第五06

【原文】
 子使漆彫開仕。対曰、吾斯之未能信。子説。
<子使漆彫開仕。對曰、吾斯之未能信。子説。>

(子、漆彫開をして仕えしめんとす。対えて曰わく、吾斯を之れ未だ信ずること能わず。子説ぶ。)
【読み下し文】
 子(し)、漆彫開(しっちょうかい)をして仕(つか)えしめんとす。対(こた)えて曰(い)わく、吾(われ)斯(これ)を之(こ)れ未(いま)だ信(しん)ずること能(あた)わず。子(し)説(よろこ)ぶ。

『論語、素読会』
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00:00 章句の検討
10:05 「公冶長第五」前半01-15 素読
2021.7.1収録


漆彫開(しっちょうかい) … 姓は漆彫、名は開・啓、字は子開(子啓)・子若。孔子より十一歳若い。孔子から能力を買われ仕官を打診されてもなお、まだ充分ではないと言って孔子をよろこばせた。「論語」の登場人物|論語、素読会

【解釈】

子使漆彫開仕。対曰、吾斯之未能信。子説。

「仕」(つかえ)は仕官する。「対」(こたえて)は答える。「吾」(われ)は私。「斯」(これ)は前述の仕官の話について。「未能信」(いまだしんずることあたわず)はまだ信じることができない、つまり自信がない。「説」(よろこぶ)は喜ぶ。
孔先生が漆彫開に仕官を勧められた。漆彫開は「仕官することについて、私はまだ充分ではないので自信がありません。」と答えた。孔先生はよろこばれた。


【解説】

弟子の中では比較的孔子の年齢に近い漆彫開に仕官を勧める場面です。文献によれば弟子が師匠に対して「吾」ということはないので間違いではないか、正しくは名の「啓」ではないかということです。いずれにしても孔子が勧めた仕官を断って孔子をよろこばせたのですから、学びに対する思いが強かったのか、志が高かった、謙虚な人物だったのでしょう。


「論語」参考文献|論語、素読会
公冶長第五05< | >公冶長第五07


【現代に活かす論語】
自分の能力を認められても更なる高みを目指す謙虚な人物でありたい。