論語、素読会

予が否なる所の者は、天之を厭たん|「論語」雍也第六26

【原文】
 子見南子、子路不説。夫子矢之曰、予所否者、天厭之、天厭之。

(子南子を見る、子路説ばず。夫子之に矢いて曰わく、予が否なる所の者は、天之を厭たん、天之を厭たん。)
【読み下し文】
 子(し)南子(なんし)を見(み)る、子路(しろ)説(よろこ)ばず。夫子(ふうし)之(これ)に矢(ちか)いて曰(のたま)わく、予(わ)が否(ひ)なる所(ところ)の者(もの)は、天(てん)之(これ)を厭(た)たん、天(てん)之(これ)を厭(た)たん。


南子(なんし) … 衛の霊公の夫人。品行が悪いと評判であった。

子路(しろ) … 季路(きろ)由(ゆう)仲由(ちゅうゆう)。姓は仲(ちゅう)、名は由、字は子路・季路。孔子より9歳若く孔子門人の中で最年長。孔子のボディガード役を果たした。

【解釈】

子見南子、子路不説。夫子矢之曰、予所否者、天厭之、天厭之。

「見」(みる)は面会する。「夫子」(ふうし)は孔子のこと。「矢」(ちかう)は誓う。「予」(わ)は私。「所否者」(ひなるところのもの)はよくないところ。「厭」(たたん)は見限る、見捨てる、絶つ。
孔先生が南子に会われたが、子路はこれを喜ばなかった。孔先生は子路に誓うように言われた、もし私によくないところがあれば、天の神様は見限るだろう。天の神様は私を見捨てるだろう。


【解説】

霊公が溺愛していた夫人・南子は結婚するまえから通じていた宋の公子・宋朝を呼び寄せて不義を重ねていたといいます。
この章句ではまず、そのことを知っていた弟子の子路は、孔子が南子の誘いを断らずに会ったことに不満を漏らします。孔子に直接伝えています。そして孔子は言い訳をするのではなく、天が判断するであろうと伝えて、子路の気持ちに応えています。
孔子の学び舎での弟子と孔子の距離感を感じる章句です。子路の実直さが直言を可能にしているとしても、誓うように言われたという表現から、孔子の対応はどこか親しげで「まぁ、そういうなよ。断れない事情があるんだから。」という雰囲気さえ漂います。


「論語」参考文献|論語、素読会
雍也第六25< | >雍也第六27


【現代に活かす論語】
自分の行いに良くないところがあれば、神様が見限るなり、そのうち判断されるだろう。