論語、素読会

久しきかな、吾復夢に周公を見ず|「論語」述而第七05

【原文】
 子曰、甚矣、吾衰也。久矣、吾不復夢見周公。

(子曰わく、甚しきかな、吾が衰えたるや。久しきかな、吾復夢に周公を見ず。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、甚(はなはだ)しきかな、吾(わ)が衰(おとろ)えたるや。久(ひさ)しきかな、吾(われ)復(また)夢(ゆめ)に周公(しゅうこう)を見(み)ず。


周公(しゅうこう) … 周公旦。名は旦(たん)。周の文王の子、武王の弟。武王の子の成王を補佐して、制度や儀式・礼楽などを定めたが自らは天子の位に即こうとしなかった。魯の国の始祖。孔子の理想とする人物。

【解釈】

子曰、甚矣、吾衰也。久矣、吾不復夢見周公。

「矣」(かな)は感嘆の意。「不復」(また〜せず)は「前のようには〜しない」。
孔先生がおっしゃった、私も歳をとって衰えがほんとうに甚だしいなぁ。周公の夢を以前のように見なくなって、ほんとうに久しいものだ。


【解説】

制度や儀式・礼楽などを定めたことから、孔子が理想とする周公旦。この周公の夢を見なくなったと嘆く章句です。この言葉は孔子の晩年でしょう、周公は夢で孔子に何を伝えていたのでしょうか。
周代に対する孔子の気持ちは次の章句にも表れています。周は夏と殷の二代を手本として、素晴らしい文化を建設した。私は周の文化、礼法に従いたい吾は周に従わん|「論語」八佾第三14
周公は孔子の目標であり心の支えだったことは想像できるのです。


「論語」参考文献|論語、素読会
述而第七04< | >述而第七06


【現代に活かす論語】
年老いてなお尊敬する先人の姿を夢に見る。なかなか難しいことです。