論語、素読会

吾行うとして二三子と与にせざる者無し。是れ丘なり|「論語」述而第七23

【原文】
 子曰、二三子以我為隠乎。吾無隠乎爾。吾無行而不与二三子者。是丘也。
<子曰、二三子以我爲隱乎。吾無隱乎爾。吾無行而不與二三子者。是丘也。>

(子曰わく、二三子我を以て隠せりと為すか。吾は隠す無きのみ。吾行うとして二三子と与にせざる者無し。是れ丘なり。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、二三子(にさんし)我(われ)を以(もっ)て隠(かく)せりと為(な)すか。吾(われ)は隠(かく)す無(な)きのみ。吾(われ)行(おこな)うとして二三子(にさんし)と与(とも)にせざる者(もの)無(な)し。是(こ)れ丘(きゅう)なり。


丘(きゅう) … 孔子自身。姓は孔、名は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。仲は次男のこと。

【解釈】

子曰、二三子以我為隠乎。吾無隠乎爾。吾無行而不与二三子者。是丘也。

「二三子」(にさんし)は弟子たちへの呼びかけの言葉。「隠」(かくす)は何か隠しごとをしているの意。「与」(ともに)は共に。
孔先生がおっしゃった、(弟子に対して)お前たちは私が(学問に関して)隠しごとをしているというのか。私は隠すことなどない。私にはお前たちと共に行わないことなどない。それが私なのだ。


【解説】

どんな場面でこのようなメッセージを伝えたのでしょうか。弟子が師匠に疑問を抱く瞬間、それを孔子が感じたのか。それとも弟子たちを鼓舞するため、共に学びを進めようという気持ちなのか。
この章句の理解を深めるため、「それが私なのだ」という孔子の姿勢を裏付ける章句は、述而第七の随所に存在します。
孔子は生まれながらにして道理を得ていたわけではない(我は生れながらにして之を知る者に非ず|「論語」述而第七19)といい、霊的なことや噂話などを語らず(子怪力乱神を語らず|「論語」述而第七20)、先人の教えを伝えているのであって新しく作り出しているのではない述べて作らず。信じて古を好む|「論語」述而第七01といいます。
つまり、孔子にも分からないこと知り得ないことがあり、それをそのまま弟子や質問者に伝えたとき、孔子ともあろう人が知らないことがあるのか?という疑問を持つ者が増えてきた。孔子が多くの優秀な弟子を輩出し孔子の存在が大きくなるほど、孔子がなんでも知っているかのような誤解が生じていたのかも知れません。
この章句からは孔子の教育者としての宣誓ともまたそれが伝わらない焦りとも感じることができる。そんな人間味の詰まったひとが孔子なのだと感じます。


「論語」参考文献|論語、素読会
述而第七22< | >述而第七24


【現代に活かす論語】
孔子は常に弟子とともに学んでいました。それが孔子の理念でした。知っていることを出し惜しみしたり、知っているふりをすることはありませんでした。それが私なのだ。そう孔子は弟子たちに伝えています。