論語、素読会

孟之反伐らず|「論語」雍也第六13

【原文】
 子曰、孟之反不伐。奔而殿。將入門、策其馬曰、非敢後也。馬不進也。

(子曰わく、孟之反伐らず。奔りて殿す。將に門に入らんとして、其の馬に策ちて曰、敢て後るるに非ざるなり。馬進まざるなり。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、孟之反(もうしはん)伐(ほこ)らず。奔(はし)りて殿(でん)す。將(まさ)に門(もん)に入(い)らんとして、其(そ)の馬(うま)に策(むちう)ちて曰(い)、敢(あえ)て後(おく)るるに非(あら)ざるなり。馬(うま)進(すす)まざるなり。


孟之反(もうしはん) … 姓は孟、名は子側(しそく)、字は之反。

【解釈】

子曰、孟之反不伐。奔而殿。將入門、策其馬曰、非敢後也。馬不進也。

「伐」(ほこる)は誇る。「奔」(はしる)は戦に敗れて退くこと。「殿」(でん)はしんがり。敗軍に当たって一番後ろで敵の追撃から味方を守る役割。「策」(むちうつ)は鞭を加えること。
孔先生がおっしゃった、孟之反は自分の功労を誇らなかった。戦いの敗走でしんがり勤め上げ、まさに城門に入るとき、馬に鞭を当てて言った。敢えて遅れたわけではない、馬が疲れて進まなかっただけだ。


【解説】

自分の功労を誇らないという章句。逆に言えば自分の功労を誇る人間の多さ、そこに疑問を持たないことに孔子がひと言忠言した章句だと思います。
孔子の生きた春秋時代は常に戦が身近にあったことを考えると、特に戦で功績を立てそれを周知することは生活のためには当然のことだったと思います。しかし政治や学びの場において自分の功績を声高に誇る行為が孔子の目に余ったのでしょう。孟之反の人物評価でもなく、誰か特定の人物に対して伝えたのではないこの章句は、常に安寧として仁の中に身を置くことを君子の条件としていた孔子にとって、特に弟子たちを諌める逸話として、度々紹介されていたのかも知れません。


「論語」参考文献|論語、素読会
雍也第六12< | >雍也第六14


【現代に活かす論語】
自分の功績を他人に誇らない。