論語、素読会

固を疾めばなり|「論語」憲問第十四34

微生畝が孔先生に言った、丘や、どうしてせわしく落ち着かないでいるのだ。かえってことば巧みにこびへつらっているのではないか?と。孔先生が答えておっしゃった、あえてこびへつらっているのではありません。かたくなになってしまうことを嫌っているのですと。|「論語」憲問第十四34

【現代に活かす論語】
落ち着かず気忙しいのは、独りよがりになることを避けているのです。

『論語、素読会』YouTube動画
00:00 章句の検討

07:05「憲問第十四」後半22 – 46 素読
2024.1.22収録

【解釈】

微生畝(びせいほ) … 姓は微生(びせい)、名は畝(ほ)。孔子より年上の、徳の高い隠者らしい。「論語」の登場人物|論語、素読会

丘(きゅう) … 孔子自身。姓は孔、名は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。仲は次男のこと。「論語」の登場人物|論語、素読会

微生畝孔子に謂いて曰わく、丘何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。孔子対えて曰わく、敢て佞を為すに非ざるなり。固を疾めばなり。|「論語」憲問第十四34
微生畝謂孔子曰、丘何為是栖栖者与。無乃為佞乎。孔子対曰、非敢為佞也。疾固也。

「謂」(いう)はつげる、話しかける。「何為」(なんすれぞ)はどうして、なんのために。「栖栖」(せいせい)はせわしく落ち着かないさま。「者」(もの)は形容詞の後に置き体言化して人や事情などを表す。「乃」(すなわち)はかえって。「佞」(ねい)はことばを巧みに使ってこびへつらう、おもねる。「固」(こ)はかたくななさま。「疾」(にくむ)は深く恨む。

微生畝が孔先生に言った、丘や、どうしてせわしく落ち着かないでいるのだ。かえってことば巧みにこびへつらっているのではないか?と。孔先生が答えておっしゃった、あえてこびへつらっているのではありません。かたくなになってしまうことを嫌っているのですと。

【解説】

孔子を「丘」と名前で呼ぶ場合は、相手が年長者であり親しい間柄であることをうかがわせます。この年長者である微生畝のことばにはかえって余裕がなく老人らしさがないと解釈している文献もあり、ひとつの意見として大変興味深いです。
ひとつ前の章句で孔子は、疑心暗鬼になってあれこれ思い悩むより、自然とひとを判断できるのが賢者であると言います。ただ孔子は自身が賢者であるとは言っていません。むしろ、騙されるのではないかと思い悩んだり信頼されていないのではないかと推測したりしてしまう自分を認識しての発言だと感じます。賢者になりたいねという願いです。
あれこれと気を遣う様子は、微生畝の目には気ぜわしく感じたのかも知れませんが、孔子は賢者でないが故に、独りよがりになることを避けていました。人付き合いにおいて、内向的になるより外向的であることを意識しているとも考えられます。


「論語」参考文献|論語、素読会
憲問第十四33< | >憲問第十四35


【原文・白文】
 微生畝謂孔子曰、丘何為是栖栖者与。無乃為佞乎。孔子対曰、非敢為佞也。疾固也。
<微生畝謂孔子曰、丘何爲是栖栖者與。無乃爲佞乎。孔子對曰、非敢爲佞也。疾固也。>

(微生畝孔子に謂いて曰わく、丘何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。孔子対えて曰わく、敢て佞を為すに非ざるなり。固を疾めばなり。)
【読み下し文】
 微生畝(びせいほ)孔子(こうし)に謂(い)いて曰(い)わく、丘(きゅう)何為(なんす)れぞ是(こ)れ栖栖(せいせい)たる者(もの)ぞ。乃(すなわ)ち佞(ねい)を為(な)すこと無(な)からんや。孔子(こうし)対(こた)えて曰(のたま)わく、敢(あえ)て佞(ねい)を為(な)すに非(あら)ざるなり。固(こ)を疾(いく)めばなり。


「論語」参考文献|論語、素読会
憲問第十四33< | >憲問第十四35


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