論語、素読会

能く礼讓を以て国を為めずんば、礼を如何にせん|「論語」里仁第四13

【原文】
 子曰、能以礼讓為国乎、何有。不能以礼讓為国、如礼何。
<子曰、能以禮讓爲國乎、何有。不能以禮讓爲國、如禮何。>

(子曰わく、能く礼讓を以て国を為めんか、何か有らん。能く礼讓を以て国を為めずんば、礼を如何にせん。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、能(よ)く礼讓(れいじょう)を以(もっ)て国(くに)を為(おさ)めんか、何(なに)か有(あ)らん。能(よ)く礼讓(れいじょう)を以(もっ)て国(くに)を為(おさ)めずんば、礼(れい)を如何(いか)にせん。

論語、素読会』
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00:00 章句の検討
03:15 「里仁第四」01-26 素読
2021.5.28収録


【解釈】

子曰、能以礼讓為国乎、何有。不能以礼讓為国、如礼何。

「礼讓」(れいじょう)は礼儀と謙譲(謙遜)の心。「為」(おさめ)は治めるの意。「何有」(なにかあらん)は難しくないこと。「礼」(れい)は制度、規範のこと。礼譲は礼には欠かせない心である。『礼』とは?|論語、素読会 「如礼何」(れいをいかにせん)は、制度が整っていてもなんともならないこと。
孔先生がおっしゃった、(上に立つ者が)礼儀正しく譲り合う謙遜の心で国を治めるのであれば、むずかしいことはない。国を治めるのに、礼儀と謙遜の心がなければ、制度が整っていてもどうしようもない。


【解説】

孔子が生きた時代は、政治と祭礼が深く結びついていたと思われます。国を治めるための制度、規範は祭礼の儀式を含めて前代より受け継がれていました。孔子はその制度(礼制)が形骸化していることへの危機感を募らせており、この章句でも心ない礼制はどうにもならないと断言しています。


「論語」参考文献|論語、素読会
里仁第四12< | >里仁第四14


【現代に活かす論語】
上に立つ者が、礼儀正しく譲り合う謙遜の心で組織を運営するのであれば、なにも難しいことはない。礼儀と謙遜の心がなければ、いくら組織、人材が整っていてもどうしようもない。