論語、素読会

父在すときは其の志を観|「論語」学而第一11

【原文】
 子曰、父在観其志、父没観其行。三年無改於父之道、可謂孝矣。
<子曰、父在觀其志。父沒觀其行。三年無改於父之道、可謂孝矣。>

(子曰わく、父在せば其の志を観、父没すれば其の行を観る。三年父の道を改むる無くんば、孝と謂う可し。)
※読み下し文を複数掲載する理由|論語、素読会
【読み下し文①】
 子(し)曰(のたま)わく、父(ちち)在(いま)せば其(そ)の志(こころざし)を観(み)、父(ちち)没(ぼつ)すれば其(そ)の行(おこない)を観(み)る。三年(さんねん)父(ちち)の道(みち)を改(あらた)むる無(な)くんば、孝(こう)と謂(い)う可(べ)し。[仮名論語・新釈漢文大系 論語
【読み下し文②】
 子(し)曰(い)わく、父(ちち)在(いま)すときは其(そ)の志(こころざし)を観(み)、父(ちち)没(ぼつ)するときは其(そ)の行(おこない)を観(み)る。三年(さんねん)父(ちち)の道(みち)を改(あらた)むる無(な)きは、孝(こう)と謂(い)う可(べ)しと。[論語と孔子の事典

『論語、素読会』
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00:00​ 章句の検討

09:35​ 「学而第一」01-16 素読
2021.3.27収録


【解釈】

子曰、父在観其志、父没観其行。

父親が「在」存命中は「志」を観察して、「没」亡くなってからは「行」足跡を観察する。
孔先生がおっしゃった、存命中は父の気持ちに添うようにし、亡くなった後には行いを継承するのがよい。

三年無改於父之道、可謂孝矣。

孔子が生きた以前から、父母の死に際して三年間喪に服すことが慣例になっていたが、当時はその慣習を軽んじる人が増えていたという状況を踏まえて解釈するのがよいと思う。
「道」とは父の行い足跡のこと。『道』とは?|論語、素読会 生前に親孝行をするだけではなく、亡くなってからも親の行いに倣って生活をすることが孝行であるということでしょう。『孝』とは?|論語、素読会
三年間、父の習慣を変えずに喪に服すなら、親孝行な人と言えるだろう。


【解説】

孔子が古(いにしえ)の慣例を守ることを繰り返し伝えていた背景には、政治の腐敗や国同士の争いなどによる不安定な時代があったのだと思います。国が安定していた周代に想いを馳せて、国の安定にはまず民の安寧、そのためには為政者の生活の根本を律することからと考えていたのだと思います。
年長者を敬うことそして敬われるような年長者になること。どちらかというと前者ばかりが強調されがちですが、果たして尊敬に値し、没後も手本にしてもらえる人物であるのか?孔子はそう問いかけていると思うのです。

里仁第四20にもこの章句の後半と全く同じ章句が掲載されています。
子曰、三年無改於父之道、可謂孝矣。(子曰わく、三年父の道を改むる無きは、孝と謂う可し。)「論語」学而第一11


「論語」参考文献|論語、素読会
学而第一10< | >学而第一12


【現代に活かす論語】
親孝行とは、生きているときに親に孝行するだけではない。ことあるごとに親の思いや行いを思い出して、慎重に行動をしてこそ親孝行といえるでしょう。