論語、素読会

成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず|「論語」八佾第三21

【原文】
 哀公問社於宰我。宰我対曰、夏后氏以松、殷人以柏、周人以栗。曰使民戰栗。子聞之曰、成事不説、遂事不諫、既往不咎。
<哀公問社於宰我。宰我對曰、夏后氏以松、殷人以柏、周人以栗。曰使民戰栗。子聞之曰、成事不説、遂事不諫、既往不咎。>
(哀公社を宰我に問う。宰我対えて曰わく、夏后氏は松を以ってし、殷人は柏を以てし、周人は栗を以てす。曰わく民をして戰栗せしむと。子之を聞きて曰わく、成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず。)

『論語、素読会』
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00:00​ 章句の検討

10:50​ 「八佾第三」01-26 素読
2021.4.27収録


哀公(あいこう) … 魯の君子。10歳ほどで即位し、27年在位した。

宰我(さいが) … 孔子の門人、姓は宰、名は予、字は子宰。弁論に優れていた。

夏后氏(かこうし) … 夏王朝を尊んで「后(君)」と呼んだ。

殷人(いんひと) … 殷王朝。

周人(しゅうひと) … 周王朝

【解釈】

哀公問社於宰我。

「社」(しゃ)は天子諸侯が土地の神を祀るところ。
魯の君子、哀公が土地の神を祀る「社」について孔子の弟子の宰我に尋ねられた。

宰我対曰、夏后氏以松、殷人以柏、周人以栗。曰使民戰栗。

「民」人民、ひとのこと。「戰栗」(せんりつ)は戦慄、おそれおののく。哀公が在位した当時「社」は木が育ってうっそうとして暗く、罪人をここで処刑したりしたので人々は「社」を恐れたそうです。また、宰我は雄弁だったため、戦栗という文字になぞらえて答えたようです。
宰我は答えて言った。夏代の君子は松を植え、殷代の君子は柏を植えました。周代の君子は栗を植えたので、そこで罪人を殺すこともあったのでその栗の木の名のごとく人々を恐れさせました。

子聞之曰、成事不説、遂事不諫、既往不咎。

「成事」(せいじ)「遂事」(すいじ)「既往」(きおう)は出来てしまったこと。「不説」(とかず)は言わない。「不諫」(いさめず)はいさめない。「不咎」(とがめず)とがめない。
孔先生がこの宰我の対応を聞いておっしゃった、起きてしまったことはとやかく言わない、行われてしまったことは諫めない、過ぎ去ったことは咎めない。(と言って、宰我の行き過ぎた説明を戒めました。)


【解説】

周代の栗を戦慄になぞらえて説明した宰我の対応について戒めています。同時にそもそも土地の神様を祀る社で罪人を処刑するというのは、起きてしまったこと行われてしまったことといっても、決して見逃せる状態ではないと批判しているともとれます。二つの事象に掛けた孔子の戒めの言葉なのではないでしょうか。


「論語」参考文献|論語、素読会
八佾第三20< | >八佾第三22


【現代に活かす論語】
起きてしまったことや過ぎてしまったことをとやかく言ったり諫めたりとがめることはしない。孔子でさえも直接戒めることはしませんでした。(がしかし、問題視はしていたということです)