論語、素読会

如し周公の才の美有りとも|「論語」泰伯第八11

【原文】
 子曰、如有周公之才之美、使驕且吝、其餘不足観也已。
<子曰、如有周公之才之美、使驕且吝、其餘不足觀也已。>

(子曰わく、如し周公の才の美有りとも、驕且つ吝ならしめば、其の餘は観るに足らざるのみ。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、如(も)し周公(しゅうこう)の才(さい)の美(び)有(あ)りとも、驕(おごり)且(か)つ吝(やぶさか)ならしめば、其(そ)の餘(よ)は観(み)るに足(た)らざるのみ。
※「使驕且吝」は驕(おごり)且(か)つ吝(やぶさか)ならしめば、とも驕(けん)且(か)つ吝(りん)ならしめば、とも読み下す。


「周公」(しゅうこう) … 周公旦。名は旦(たん)。周の文王の子、武王の弟。武王の子の成王を補佐して、制度や儀式・礼楽などを定めたが自らは天子の位に即こうとしなかった。魯の国の始祖。孔子の理想とする人物。

【解釈】

子曰、如有周公之才之美、使驕且吝、其餘不足観也已。

「如」(もし)は仮定のもし。「才」(さい)は能力、知能、はたらき。「驕」(おごる)はわがままにふるまう。「吝」(やぶさか)はけちけちする。「餘」(よ)は余、ほかの。「観」(みる)はながめる、見る。
孔先生がおっしゃった、もし周公のような美しい能力があったとしても、わがままでけちけちするようなことがあれば、そのひとのほかの部分は見る必要がない。


【解説】

孔子が理想としている時代、文化が充実して国の礼節が正しく行われた時代、その国家を建設した人物が文王の息子であった周公でした。その周公の国家建設の能力があったとしても人物として見習うべきところがなければ政治家として見るべきところがないということです。逆に周公は政治家としても立派な方だったのでしょう。
さて、この章句はどのような場面で孔子が話したのでしょうか。論語の場合、章句の場面や背景、前後関係が分からないので、想像するしかないのですが、周公の功績を語った上で、しかしながら結果だけでなく、人間としての資質も大変重要であると説いていることは間違いありません。つまり、政治的テクニックに終始し、自らの人物形成を怠っている人物に対して、直接的もしくは間接的に苦言を呈していると考えることもできます。
孔子は単に政治家を育てるのではなく、人間形成の先に政治家、リーダーがいるという考え、その中に孔子自身を置いて弟子たちとの学びを通じて、たゆまぬ努力を続けていくという思いが伝わってくる章句です。


「論語」参考文献|論語、素読会
泰伯第八10< | >泰伯第八12


【現代に活かす論語】
起業し組織開発をおこなう能力があったとしても、リーダーとしての資質に欠ける人物であるとしたら、注目する人物に値しない。