論語、素読会

匹夫も志を奪うべからざるなり|「論語」子罕第九26

孔先生がおっしゃった、三軍規模の大軍に守られていてもその大将を奪うことはできる。ひとりの庶民であっても彼の志を奪うことはできない。|「論語」子罕第九26

【現代に活かす論語】
圧倒的な大軍の大将を奪うことはできる。しかし、ひとの志を奪うことはできない。

【解釈】

子曰わく、三軍も帥を奪うべきなり。匹夫も志を奪うべからざるなり。|「論語」子罕第九26
子曰、三軍可奪帥也。匹夫不可奪志也。

「三軍」(さんぐん)は周の兵制、一軍は一万二千五百人、天子の六軍に対して諸侯のうち大国が三軍をもつ。「帥」(すい)は軍隊における最高位の指揮官。「可」(べし)は…できる、…しうる。「匹夫」(ひっぷ)は一般庶民。

孔先生がおっしゃった、三軍規模の大軍に守られていてもその大将を奪うことはできる。ひとりの庶民であっても彼の志を奪うことはできない。

【解説】

大軍に守られた大将であっても、絶対に奪えないということはないが、ひとの確固たる志を変えたり、諦めさせたり、奪うことはできません。孔子はこの章句でどんなことを伝えたいのでしょうか。大国の軍隊の大将といえばその手腕によって国の存亡にかかわる人材です。しかしそれを守るのも所詮人間、守りの数にも限りがあり例え守りが強固であっても切り崩すことは可能です。一方でひとの思いの強さは無限です。どんな叱責や甘言にも左右されることはなく、また傷ついた志も常に修復可能です。孔子はこう説明をした上で、志を立てることの意義、そして学びによってその志を強固にしていくことの大切さを伝えたかったのではないでしょうか。仕官するものの心得として弟子たちに授けることばにも感じます。


「論語」参考文献|論語、素読会
子罕第九25< | >子罕第九27


【原文・白文】
 子曰、三軍可奪帥也。匹夫不可奪志也。

(子曰わく、三軍も帥を奪うべきなり。匹夫も志を奪うべからざるなり。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、三軍(さんぐん)も帥(すい)を奪(うば)うべきなり。匹夫(ひっぷ)も志(こころざし)を奪(うば)うべからざるなり。


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