論語、素読会

何如ぞ其れ知ならん|「論語」公冶長第五18

【原文】
 子曰、臧文仲、居蔡山節藻梲。何如其知也。

(子曰わく、臧文仲、蔡を居く節を山にし梲を藻にす。何如ぞ其れ知ならん。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、臧文仲(ぞうぶんちゅう)、蔡(さい)を居(お)く節(せつ)を山(やま)にし梲(せつ)を藻(も)にす。何如(いかん)ぞ其(そ)れ知(ち)ならん。

『論語、素読会』
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00:00 章句の検討
10:05 「公冶長第五」前半16-28 素読
2021.7.29収録


臧文仲(ぞうぶんちゅう) … 魯の大夫。姓は臧孫(ぞうそん)、名は辰(しん)、は仲(ちゅう)、贈り名は文(ぶん)。荘公(そうこう)、閔公(びんこう)、僖公(きこう)、文公(ぶんこう)の四代にわたって魯の大夫でした。

【解釈】

子曰、臧文仲、居蔡山節藻梲。何如其知也。

「知」(ち)は知者。『知』とは?|論語、素読会 「何如其知」は、どうして知者と言えるだろうか。
孔先生がおっしゃった、臧文仲は大夫であるにも関わらず、君主のみに許される大亀を所有している。そして宗廟の柱の上の桝形に山の模様を彫刻し、梁の上の小柱に藻の模様を描くなど、天子の礼を犯している。どうして知者と言えるだろうか。

『居蔡』 大亀を蔵した。「居」は蔵。「蔡」は大亀。「蔡」は地名であるが、大亀を産したところから大亀の別名となった。当時は天子が大亀を宗廟に蔵し、大事件についてはその亀の下で卜いして吉凶を鬼神に問うた。これは君主でなくては許されないことで、大夫などの身分では僭越な非礼行為である。
『山節』 「山」は山の形を彫刻すること。「節」は柱の頭の桝形の部。
『藻』 水草の名。藻の模様を描くこと。
『梲』 梁の上の短い柱。
礼記の明堂位によると、「山節藻梲」は、天子の宗廟の飾りである。

「新釈漢文大系 論語」 吉田賢抗著 明治書院刊

【解説】

「僭越な行為」、孔子は君主が行うべき祭礼や設えを大夫が僭越して行うことに強い憤りを表しています。
例えば、季氏が先祖の霊を祀るのに天子の先祖を祀る規模で執り行ったことを容認できないといいます。是をも忍ぶべくんば、孰れをか忍ぶべからざらんや|「論語」八佾第三01
また、魯の大夫の三氏の家が天子の礼に歌う歌をどうして三家の堂で歌うことができるのか。と当時の大夫たちの振る舞いを否定しています。相くるに維れ辟公あり、天子穆穆たりと|「論語」八佾第三02
臧文仲はこの2つの章句に登場する三家者(季氏を含む)の時代よりも前の人物ですが、残念ながらこの頃すでに大夫の礼を逸脱した僭越な行為が行われていたということです。


「論語」参考文献|論語、素読会
公冶長第五17< | >公冶長第五19


【現代に活かす論語】
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