論語、素読会

之を知らしむべからず|「論語」泰伯第八09

【原文】
 子曰、民可使由之。不可使知之。

(子曰わく、民は之に由らしむべし。之を知らしむべからず。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、民(たみ)は之(これ)に由(よ)らしむべし。之(これ)を知(し)らしむべからず。


【解釈】

子曰、民可使由之。不可使知之。

「民」(たみ)は人民。「由」(よる)は任せる、思いどおりにさせる。「知る}(しる)は理解する。
孔先生がおっしゃった、人民を思いどおりにすることはできるが、理解させることはできない。


【解説】

論語における孔子の言葉には、現実的でドキッとさせられる章句が収められています。たとえば「中程度以上のひとには高尚なことを語っても構わないが、中程度以下のひとには高尚なことを語るべきでは無い。中人以上には、以て上を語るべきなり|「論語」雍也第六19」では、差別的な表現と勘違いされてもおかしくない表現です。しかし、孔子が個々人の能力によって差別しなかったことは、以下の章句で明らかです。「入門のお礼(束修)を受け取った以上は、私は未だかつて教え導かないということはなかった。吾未だ嘗て誨うること無くんばあらず|「論語」述而第七07
つまり、それぞれのひとに合った伝え方をしなければならないという考えが根幹にあり、伝わらないこと、ひとも存在するという現実的な考え方を採用した人物であることがうかがい知れるのです。これは理解できるはずだという自分本位な政治を行うのではなく、また人民が思いどおりに動いたとしても理解しているなどという思い上がりをするなという厳しい考え方だと言えるでしょう。


「論語」参考文献|論語、素読会
泰伯第八08< | >泰伯第八10


【現代に活かす論語】
部下を思いどおりに仕事をさせたと感じても、実際に理解して行動していると思い違いをしてはいけない。