論語、素読会

君子之に居らば、何の陋しきか之有らん|「論語」子罕第九14

孔先生は東方の異民族の地に行って住みたいと言ったことがあった。あるひとがこれを聞いて言った、野蛮な場所ですがどういたしましょう。孔先生がおっしゃった、もし人の上に立つ立派な人がそこに住めば、どうして野蛮なことがあろうか。(だんだん変わっていくものだよ。)|「論語」子罕第九14

【現代に活かす論語】
ルール、規範がない環境であっても、人の上に立つ立派なリーダーがいれば、次第に制度が整って立派な環境に変わっていくものである。

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00:00 章句の検討

12:25 「子罕第九」後半13 – 31 素読
2022.6.1収録

【解釈】

「夷」(い) … えびす。中国の東部の異民族。
「九夷」(きゅうい) … 異民族の総称。東方の九種の異民族。

子九夷に居らんと欲す。或ひと曰わく陋しきこと、之を如何せん。子曰わく、君子之に居らば、何の陋しきか之有らん。|「論語」子罕第九14
子欲居九夷。或曰陋、如之何。子曰、君子居之、何陋之有。

「陋」(いやしき)は非文化的なさま、下品な、不合理な。「如何」(いかんせん)はどのようにしようか、いかにすればよいか。

孔先生は東方の異民族の地に行って住みたいと言ったことがあった。あるひとがこれを聞いて言った、野蛮な場所ですがどういたしましょう。孔先生がおっしゃった、もし人の上に立つ立派な人がそこに住めば、どうして野蛮なことがあろうか。(だんだん変わっていくものだよ。)

【解説】

子曰わく、道行なわれず、桴に乗りて海に浮ばん。|「論語」公冶長第五07 でも、「道」つまり正しい政治が行われないことを嘆いて海に漕ぎ出そうといっています。この章句でも同様に乱世に可能性を見いだせずにいたのでしょう。たとえまったく未開の地で野蛮であっても、自らそこに赴いて「道」を行いながら建国していくことが可能であるという孔子の信念を感じます。
また、子曰わく、篤く信じて学を好み、死を守りて道を善くす。危邦には入らず、乱邦には居らず。天下道有れば則ち見れ、道無ければ則ち隠る。|「論語」泰伯第八13 にあるように、乱れた国からは逃れ「道」が行われない世では表から距離を置くことが孔子の考えですので、この考えを裏付ける章句と考えることができます。


「論語」参考文献|論語、素読会
子罕第九13< | >子罕第九15


【原文・白文】
 子欲居九夷。或曰陋、如之何。子曰、君子居之、何陋之有。

(子九夷に居らんと欲す。或ひと曰わく陋しきこと、之を如何せん。子曰わく、君子之に居らば、何の陋しきか之有らん。)
【読み下し文】
 子(し)九夷(きゅうい)に居(お)らんと欲(ほっ)す。或(ある)ひと曰(い)わく陋(いやし)しきこと、之(これ)を如何(いかん)せん。子(し)曰(のたま)わく、君子(くんし)之(これ)に居(お)らば、何(なん)の陋(いや)しきか之(これ)有(あ)らん。
※「陋」は(いやしきと)も、(ろう)とも読み下す。



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