論語、素読会

吾未だ之を得ること有らざるなり|「論語」述而第七32

【原文】
 子曰、文莫吾猶人也。躬行君子、則吾未之有得。

(子曰わく、文は吾猶人のごとくなること莫からんや。躬もて君子を行うことは、則ち吾未だ之を得ること有らざるなり。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、文(ぶん)は吾(われ)猶(なお)人(ひと)のごとくなること莫(な)からんや。躬(み)もて君子(くんし)を行(おこな)うことは、則(すなわ)ち吾(われ)未(いま)だ之(これ)を得(え)ること有(あ)らざるなり。
※躬行君子 … 君子(くんし)を躬行(きゅうこう)すること、躬(み)もて君子(くんし)を行(おこな)うこと、とも読み下す。

『論語、素読会』
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00:00 章句の検討
05:45 「述而第七」後半24-37 素読
2021.12.29収録


【解釈】

子曰、文莫吾猶人也。躬行君子、則吾未之有得。

「文」(ぶん)は学問のこと。「莫」(なく)は不、ない、なし。「躬」(み)は身、自分、自己、おのれ。「躬行」(きゅうこう)は自ら行うこと。
孔先生がおっしゃった、学問について私は人並みでないこともないが、自分自身で君子の行いを実行することは、未だになし得ることができない。


【解説】

君子の行いとは「道」のことです。孔子は孔子以前の書物を再編しそれが今でも残っていますから、孔子が学ぶことは誰が見ても明らかだったのです。それに対して、君子の道を実践するということが難しいと言うことは、孔子は学びと実践を自らに課していたということです。これを弟子の前で話すところに孔子が弟子たちと共有したいもの、一緒に学んで行きたいという意欲が伝わってきます。


「論語」参考文献|論語、素読会
述而第七31< | >述而第七33


【現代に活かす論語】
学問がよくできたとしても、それを実行することは大変むずかしい。