論語、素読会

子衛の公子荊を謂わく、善く室に居れり|「論語」子路第十三08

孔先生が公子荊ついておっしゃった、(公子荊は)善く家を治めた。はじめて(家財を)そなえて言うには、どうにか(礼に)かなったと。そしてもう少しそなえて言うには、どうにか整ったと。充分に(家財が)そなわって言うには、どうにかよくなったと。(この奢らない姿勢が公子荊といえよう。)|「論語」子路第十三08

【現代に活かす論語】
家財を揃え家を充実させるのに、華美・贅沢をせず、その都度の家庭経済に合わせるのが、家庭を治めるということだろう。

『論語、素読会』YouTube動画
00:00 章句の検討

09:40「子路第十三」前半01 – 15 素読
2023.07.26収録

【解釈】

公子荊(こうしけい) … 名は荊(けい)、衛の公子(中国の春秋戦国時代の諸侯国の公族の子弟。)で大夫(中国の周代から春秋戦国時代にかけての身分を表す言葉で領地を持った貴族。 )だった。「論語」の登場人物|論語、素読会

子衛の公子荊を謂わく、善く室に居れり。始めて有するや曰わく、苟か合えり。少しく有するや曰わく、苟か完し。富みて有するや曰わく、苟か美し。|「論語」子路第十三08
子謂衛公子荊、善居室。始有曰、苟合矣。少有曰、苟完矣。富有曰、苟美矣。

「子」(し)は孔子を指す。「衛」(えい)は周代、春秋戦国時代の国名。今の河北省南部、河南省北部一帯にあった。のち、秦に滅ぼされた。「室」(しつ)は家庭、一家、世帯。「有」(ゆうする)は所有する、そなえる。「苟」(いささか)はほとんど、どうにか。「合」(あう)は適合する、かなう。「完」(まっとう)は完全にする、満足に整える。「富」(とむ)は満ち足りているさま、ゆとりがあるさま。

孔先生が公子荊ついておっしゃった、(公子荊は)善く家を治めた。はじめて(家財を)そなえて言うには、どうにか(礼に)かなったと。そしてもう少しそなえて言うには、どうにか整ったと。充分に(家財が)そなわって言うには、どうにかよくなったと。(この奢らない姿勢が公子荊といえよう。)

【解説】

「居」(おる)は家で過ごすというですが、公子荊が政治家であることから「家を治める」と解釈します。この章句は『足を知る』を伝えています。その足る基準とは、生活の水準・基準です。為政者の足る基準として「礼」にかなった、つまり先人たちの規範にかなったという解釈です。『礼』とは?|論語、素読会 何を「有」(ゆうする)かという点についてですが、文献の解釈に倣って、家財と解釈しました。「苟」(いささか)という表現に公子荊の飾らない姿勢が表れているのだろうと思います。


「論語」参考文献|論語、素読会
子路第十三07< | >子路第十三09


【原文・白文】
 子謂衛公子荊、善居室。始有曰、苟合矣。少有曰、苟完矣。富有曰、苟美矣。
<子謂衞公子荊、善居室。始有曰、苟合矣。少有曰、苟完矣。富有曰、苟美矣。>

(子衛の公子荊を謂わく、善く室に居れり。始めて有するや曰わく、苟か合えり。少しく有するや曰わく、苟か完し。富みて有するや曰わく、苟か美し。)
【読み下し文】
 子(し)衛(えい)の公子荊(こうしけい)を謂(のたま)わく、善(よ)く室(しつ)に居(お)れり。始(はじ)めて有(ゆう)するや曰(い)わく、苟(いささ)か合(あ)えり。少(すこ)しく有(ゆう)するや曰(い)わく、苟(いささ)か完(まった)し。富(と)みて有(ゆう)するや曰(い)わく、苟(いささ)か美(うつく)し。


「論語」参考文献|論語、素読会
子路第十三07< | >子路第十三09


※Kindle版