論語、素読会

楽は其れ知るべきなり|「論語」八佾第三23

【原文】
 子語魯大師楽曰、楽其可知也。始作翕如也。従之純如也、皦如也、繹如也以成。
<子語魯大師樂曰、樂其可知也。始作翕如也。從之純如也、皦如也、繹如也以成。>
(子魯の大師に楽を語りて曰わく、楽は其れ知るべきなり。始めて作すときは翕如たり。之を従つときは純如たり、皦如たり、繹如たり以て成る。)

『論語、素読会』
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00:00​ 章句の検討
09:25​ 「八佾第三」01-26 素読
2021.4.29収録


【解釈】

子語魯大師楽曰、楽其可知也。

「魯」(ろ)は孔子が生まれ任用された国です。「大師」(たいし)は楽官の長。「可」は可能。
孔先生が魯の楽官の長に音楽について語られておっしゃるには、演奏はその型を知ることができる。

始作翕如也。従之純如也、皦如也、繹如也以成。

「始作」(はじめてなす)は音楽を始めるとき。「翕如」(きゅうじょ)の翕は合、特に金属の打楽器を合わせ合奏するの意がある。「従」(はなちて)は縦、放縦(ほうしょう)、おもうままに振る舞うこと。「純如」(じゅんじょ)はたくさんの音が合わさってひとつの音のようになること。「皦如」(きょうじょ)の皦はさまざまな音色が明確になること。繹如(えきじょ)の繹は連続して展開すること。「以成」(もってなる)は完成する。
楽曲の始めに金属打楽器の合奏があり、各楽器が存分に奏でながらひとつの音のように調和し、さらにそれぞれの音色が明らかになって連続し完結する。


【解説】

祭礼につきものの楽曲の演奏についてひとつの型を魯の楽官の長に話している場面です。あえて政事に例えて考えてみます。
はじめは拍子調子を合わせ、次第に個々の能力を発揮するもひとつに調和して、さらに個性が明確になりながら延々と連続して切れ間なく続いていく。それが「礼」すなわち制度や規範、政治にたずさわるもののあるべき姿であろうと伝えているのではないでしょうか。


「論語」参考文献|論語、素読会
八佾第三22< | >八佾第三24


【現代に活かす論語】
組織運営では、はじめは全体の歩調を合わせ、次第に個々の能力を発揮しつつひとつの目標に向かって一致団結し、さらに個性が明確化になりながら、それがくり返し連続していく、そのようなマネージメントがあるべき姿だろう。