論語、素読会

我は其の礼を愛しむ|「論語」八佾第三17

【原文】
 子貢欲去告朔之餼羊。子曰、賜也、爾愛其羊。我愛其礼。
<子貢欲去告朔之餼羊。子曰、賜也、爾愛其羊。我愛其禮。>

(子貢告朔の餼羊を去らんと欲す。子曰わく、賜や、爾は其の羊を愛しむ。我は其の礼を愛しむ。)
【読み下し文】
 子貢(しこう)告朔(こくさく)の餼羊(きよう)を去(さ)らんと欲(ほっ)す。子(し)曰(のたま)わく、賜(し)や、爾(なんじ)は其(そ)の羊(ひつじ)を愛(お)しむ。我(われ)は其(そ)の礼(れい)を愛(お)しむ。

『論語、素読会』
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00:00​ 章句の検討

09:15​ 「八佾第三」01-26 素読
2021.4.22収録


子貢(しこう) … 姓は端木、名は賜、字は子貢。孔子より31歳若い。「論語」の中で孔子との問答がもっとも多い。言葉巧みな雄弁家で自信家だったが、孔子には聡明さを褒められ、言葉の多さを指摘されている。
経済面で能力が高かったと言われている。「論語」の登場人物|論語、素読会

【解釈】

子貢欲去告朔之餼羊。

告朔之餼羊(こくさくのきよう) … 朔日(さくじつ・ついたち)は、陰暦の月の第Ⅰ日。「餼」は生きたまま供える動物。また、生きたままの生贄を供える。生肉。「欲去」(さらんとほっす)は止めたいと思った。
子貢は毎月一日に行う羊の肉のお供えを止めようと思った。

子曰、賜也、爾愛其羊。我愛其礼。

「賜」は子貢の名で、ごく親しい間柄の人が呼ぶ。「爾」(なんじ)お前はの意。「愛」(おしむ)は惜しむ。「礼」は祭礼。祭礼を通して先祖の礼を敬う心。『礼』とは?|論語、素読会
孔先生がおっしゃった、賜よ、お前は生け贄の羊一頭が惜しいようだが、私は止めることによって「礼」が失われることが惜しいよ。


【解説】

陰暦の一日、新月に供物を捧げていた祭礼の習慣が恐らく形骸化してしまって、もはや行う意味を失っていたのでしょう。魯に任官していた子貢が無駄を止めたいと考えていたことを知った孔子が子貢に親しげに伝えた句です。
この背景には、祭礼の習慣が形骸化してしまったことに心を痛める子貢の苦悩があると思います。子貢が孔子に直接伝えているのでは無いことにその苦悩が感じられます。そしてその気持ちを酌んだ孔子の言葉にも子貢を慮る優しさがにじみ出ていると思います。単に無駄を止めたいという行為を咎めるのでは無いということです。


「論語」参考文献|論語、素読会
八佾第三16< | >八佾第三18


【現代に活かす論語】
慣例、通例を止めるときは、その本来の意味を理解し本当に止めるべきなのか(それが正しい行為なのか)私は考えたい。