論語、素読会

孰か微生高を直なりと謂うや|「論語」公冶長第五24

【原文】
 子曰、孰謂微生高直。或乞醯焉。乞諸其鄰而与之。
<子曰、孰謂微生高直。或乞醯焉。乞諸其鄰而與之。>

(子曰わく、孰か微生高を直なりと謂うや。或ひと醯を乞う。諸を其の鄰に乞うて之を与う。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、孰(たれ)か微生高(びせいこう)を直(ちょく)なりと謂(い)うや。或(ある)ひと醯(す)を乞(こ)う。諸(これ)を其(そ)の鄰(となり)に乞(こ)うて之(これ)を与(あた)う。

『論語、素読会』
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00:00 章句の検討
07:15 「公冶長第五」後半16-28 素読
2021.8.12収録


微生高(びせいこう) … 姓は微生、名は高。「論語」の登場人物|論語、素読会

【解釈】

子曰、孰謂微生高直。或乞醯焉。乞諸其鄰而与之。

「孰」(たれか)は誰か。「孰謂」は疑問文。「直」(ちょく)は正直。「或」(あるひと)はある人。「乞」(こう)はもらう。「醯」(す)は酢。「鄰」(となり)は隣。
孔先生がおっしゃった、いったい誰が微生高が正直だというのか。ある人が酢をもらいに来たとき、隣からもらって与えたという。


【解説】

文献では、微生高は融通がきかないほどの正直者だと伝えられています。解釈のポイントは、隣から酢を借りることが、正直という彼の人柄にとってどういう評価に繋がるのかという点です。
隣から酢を借りてでも人に恩を売ったという解釈がありますが、一方で、馬鹿が付くほど正直だと言われているが、実は融通が利くではないか。と孔子が評価したという解釈です。私はこの新釈漢文大系 論語 吉田賢抗著 明治書院刊の解釈を支持します。正直なのはいいが酢がありませんと言って断ってしまうより隣に借りてでも融通する、そんな人物評価を通じて、正直ばかりが美徳でなく、融通が効くことも大事であることを伝えていると考えていいのではないでしょうか。
弟子と話をする中で微生高の話題が出た際に、融通が利くという逸話もあるのだからそう馬鹿にしたものでもない。という感じのやり取りを想像します。


「論語」参考文献|論語、素読会
公冶長第五23< | >公冶長第五25


【現代に活かす論語】
正直であっても時には融通を利かせられるようでありたい。