論語、素読会

我は生れながらにして之を知る者に非ず|「論語」述而第七19

【原文】
 子曰、我非生而知之者。好古敏以求之者也。

(子曰わく、我は生れながらにして之を知る者に非ず。古を好み敏にして之を求めたる者なり。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、我(われ)は生(う)れながらにして之(これ)を知(し)る者(もの)に非(あら)ず。古(いにしえ)を好(この)み敏(びん)にして之(これ)を求(もと)めたる者(もの)なり。


【解釈】

子曰、我非生而知之者。好古敏以求之者也。

「而」(〜して)は順接の関係。「生而」(うまれながらにして)は慣用句。「之」はこの場合、道理や道を指す。「古」(いにしえ)は昔、古人(むかしのすぐれた人)のこと。「敏」(びん)は勤勉なさま。
孔先生がおっしゃった、私は生まれながらにものの道理を知っている者ではない。古人の教えを好み、勤勉にものの道理を求める者である。


【解説】

「之」は孔子とその相手との会話の流れで使用しているとして「道」と考えるのが順当であると思います。ものの道理は古人(先人)の経験にあり、先人の叡智を易経や書経、礼文に求めたことは、同じ述而第七の章句にも表れています。
『孔子は詩経と書経と礼を尊重したのである。』子の雅に言う所は詩書、執礼皆雅に言うなり|「論語」述而第七17
「好古」(いにしえをこのみ)という表現には、当時の新しい世、新しい価値観に対する配慮や危機感を孔子なりに柔らかく表現していると感じます。「敏」(びんにして)という表現は、孔子のプライド。気概を以て学問に当たる姿勢を感じるのです。
これは、現代において「論語」を通じて先人の叡智に触れ、ものの道理の中に自分の立ち位置を求めていくものと、何ら違いがないことを確認できる素晴らしい章句なのではないかと思います。


「論語」参考文献|論語、素読会
述而第七18< | >述而第七20


【現代に活かす論語】
生まれながらにものの道理を知っているひとはいない。先人の教えに好感を持ち道理を求める、そんな人物でありたい。