論語、素読会

「論語」についてのFAQ|論語、素読会

登場人物について

孔子 … 姓が「孔」、名が「丘(きゅう)」、字(あざな)が「尼」、次男なので「仲尼(ちゅうじ)」と呼んだ。「子」とは先生の意、つまり孔先生ということ。
※長男を伯、次を仲、次を叔、末っ子を季という、兄弟の順序。

歴史的に中国人は名前として、姓・名・字の三つを持っていたそうです。
孔子の場合、「丘」は極々親しい間柄での呼び名です。論語の中で孔子は「子夏」のことを「商」と親しみを込めて呼んでいる章句もあります。弟子を字で呼ぶときはそのようなニュアンスを感じ取って読むと、さらに親しみが湧きます。

編名(学而第一など)について

各編の最初の2文字または3文字と編の順番を組み合わせています。
学而第一であれば、「学而」+「第一」
子曰、学而時習之、不亦説乎。有朋自遠方来、不亦楽乎。人不知而不溫、不亦君子乎。
為政第二であれば、「為政」+「第二」です。
子曰、為政以德、譬如北辰居其所、而衆星共之。

子曰の読み方、論語の読み下し文について

「子曰」は、『しいわく』と素読するのが一般的ですが、孔子の章句のみ『しのたまわく』と敬う読み下しも存在します。
これは、読み下しをする人(訳者)の考え方によるので、特に問題があったり、気にすることではありません。
私が私淑している先生は後者の考え方で、私もその考えを支持しているので、私が素読する場合は、孔子が話した章句は、『子曰わく(しのたまわく)』と読むようにしています。

同様に、例えば学而第一の一番最初の章句、<…有朋自遠方来、不亦楽乎。…>の読み下し文ですが、「朋有り」と読み下す場合と、「朋遠方より来たる有り」と読み下す場合があります。後者の方が一般的なように感じますが、お子さんと素読会を行う場合は、朋有りで一度区切ると、意味が通じやすくなる気がしますので、使い分ける場合があります。