論語、素読会

唯謹めるのみ|「論語」郷党第十01

孔子は自分の村にいるときはおだやかであった。無口で主張することができない人のようであった。祖先を祀る宗廟や政治を執り行う朝廷にいるときは、はきはきと発言した。ただただ慎重で用心深かった。|「論語」郷党第十01

【現代に活かす論語】
プライベートでは無口で、オフィシャルでは明朗快活でありながら、慎重で用心深くありたい。

『論語、素読会』YouTube動画
00:00 章句の検討
07:45「郷党第十」前半01 – 09 素読
2022.8.29収録

【解釈】

孔子郷党に於て、恂恂如たり。言うこと能わざる者に似たり。其の宗廟朝廷に在すや、便便として言い。唯謹めるのみ。|「論語」郷党第十01
孔子於郷党、恂恂如也。似不能言者。其在宗廟朝廷、便便言。唯謹爾。

「郷」(きょう)は集落編制単位、周制では12,500戸。「党」(とう)は集落の編制単位、500戸。「郷党」(きょうとう)は村、住んでいる村落。「恂恂如」(じゅんじゅんじょ)は穏やかなさま。「能」(あたう)は…できる、…しうる。「言」(いうこと)は言論、学説、主張。「其」(その)は孔子を指す。「便便言」(べんべんとしていい)は、はきはきとものをいうさま。「謹」(つつしむ)は慎重な、用心深い。

孔子は自分の村にいるときはおだやかであった。無口で主張することができない人のようであった。祖先を祀る宗廟や政治を執り行う朝廷にいるときは、はきはきと発言した。ただただ慎重で用心深かった。

【解説】

仕事、とくに長官としての官職における孔子の様子とそれ以外の生活での様子を表した章句です。弟子と学ぶ場面は前者に含まれるのではないでしょうか。「唯謹爾」(ただつつしめるのみ)は双方にかかると思います。君子は慎み深くあるべきであるという考えの孔子自身が外ではハキハキとしていたということは、失言をしないために無口であるということではなく、孔子を見習うとすれば、明朗快活でありながら慎重で用心深くあれということだと思います。また家族や弟子たちの前では穏やかで思慮深い存在であったことがうかがえます。孔子とは逆の態度を取ってしまうこともあるので、ここは大いに参考にしたいところです。


「論語」参考文献|論語、素読会
子罕第九31< | >郷党第十02


【原文・白文】
 孔子於郷党、恂恂如也。似不能言者。其在宗廟朝廷、便便言。唯謹爾。
<孔子於鄉黨、恂恂如也。似不能言者。其在宗廟朝廷、便便言。唯謹爾。>

(孔子郷党に於て、恂恂如たり。言うこと能わざる者に似たり。其の宗廟朝廷に在すや、便便として言い。唯謹めるのみ。)
【読み下し文】
 孔子(こうし)郷党(きょうとう)に於(おい)て、恂恂(じゅんじゅん)如(じょ)たり。言(い)うこと能(あた)わざる者(もの)に似(に)たり。其(そ)の宗廟(そうびょう)朝廷(ちょうてい)に在(いま)すや、便便(べんべん)として言(いい)い。唯(ただ)謹(つつし)めるのみ。


「論語」参考文献|論語、素読会
子罕第九31< | >郷党第十02


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