論語、素読会

孝なるかな閔子騫|「論語」先進第十一04

孔先生がおっしゃった、孝行だなぁ閔子騫は。人はその(逸話にある閔子騫が)両親兄弟のために言ったことばに異議をはさまない。|「論語」先進第十一04

【現代に活かす論語】
両親を想い、兄弟を想い、自己犠牲を伴うことばを孝行といいます。

『論語、素読会』YouTube動画
00:00 章句の検討
12:50「郷党第十」前半1 – 16 素読
2023.01.13収録

【解釈】

閔子騫(びんしけん) … 姓は閔、名は損(そん)、字は子騫。孔子より15歳若い。

子曰わく、孝なるかな閔子騫。人其の父母昆弟の言に間せず。|「論語」先進第十一04
子曰、孝哉閔子騫。人不間於其父母昆弟之言。

「孝」(こう)は孝行。親や兄弟に対する孝行。『孝弟』とは?|論語、素読会 「間」(かんす)は間然(かんぜん)欠点などを指摘して非難する。「昆弟」(こんてい)は兄と弟、兄弟。「言」(げん)は話しことば、ことば。

孔先生がおっしゃった、孝行だなぁ閔子騫は。人はその(逸話にある閔子騫が)両親兄弟のために言ったことばに異議をはさまない。

【解説】

この章句の解釈は、複数の文献の解釈に頼らなければなりません。まず、孔子のことばとして違和感がある、閔子騫を名で呼んでいない点についてです。このような章句の場合、字(あざな)ではなく、名の「損」(そん)を用いて「子曰わく、孝なるかな損。」とするのが、孔子の肉声であるはずです。ですが文献によれば「孝なるかな閔子騫」は当時の称賛の言葉を引用しているという解釈なのです。当時の世間で閔子騫が称賛されるのには逸話があり、この逸話のために閔子騫の孝行が有名であったというのです。これについては文献にしたがって解釈を進めたいと思います。
そして続く章句ですが、「不間」(かんせず)を非難しない、異議をはさまないとした上で、「其父母昆弟之言」が何を指すのかが解釈の分かれるところです。父母兄弟が閔子騫の孝行を褒めたことばなのか、閔子騫の孝行によって父母兄弟を人が非難することはなかったのか。ここで注目したいのは、逸話の内容です。継母の閔子騫への扱いに怒った父親が継母を離縁しようとしたとき、継母がいれば自分だけが寒い思いをして済み、いなくなれば残された自分の弟と連れ子の四人が寒い思いをすると言って、父親に思いとどまらせたという閔子騫の孝行、「一言して母が還り、再言して四子温かなり」という部分です。孔子が「孝なるかな閔子騫」を引用しているとすれば、「其父母昆弟之言」というのは、閔子騫の言葉「一言して母が還り、再言して四子温かなり」を指しているのではないでしょうか。つまり、逸話にある両親兄弟を思いやる閔子騫のことばに口をはさむ人はいないと解釈してもいいのではないかと思うのです。
孔子が何を伝えたいかという点を考えると、閔子騫が継母を許し、弟たちを大切に思ったという孝行についてです。決して継母の行いを正当化しているのではないとも感じます。彼の行いが孝行である、正しい、と直接的な表現ではなく、誰も異議、異論を唱えないと伝えることで、彼の孝行について思いを巡らす機会を作っているように感じます。


「論語」参考文献|論語、素読会
先進第十一03< | >先進第十一05


【原文・白文】
 子曰、孝哉閔子騫。人不間於其父母昆弟之言。

(子曰わく、孝なるかな閔子騫。人其の父母昆弟の言に間せず。)
【読み下し文】
 子(し)曰(のたま)わく、孝(こう)なるかな閔子騫(びんしけん)。人(ひと)其(そ)の父母昆弟(ふぼこうてい)の言(げん)に間(かん)せず。


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