論語、素読会

子在す。回何ぞ敢て死せん|「論語」先進第十一22

孔先生が匡の国で恐ろしい目にあった。顔淵が遅れて追いついた。孔先生がおっしゃった、私はお前が死んでしまったのかと思ったよ、と。(顔淵が)言うには、先生がおられるのに、私(回)がどうして死ぬことができましょう。|「論語」先進第十一22

【現代に活かす論語】
師匠が元気でいるのに、どうして弟子の私が死ぬことができましょうか。

『論語、素読会』YouTube動画
00:00 章句の検討

06:45先進第十一」後半19 – 25 素読
2023.03.08収録

【解釈】

匡(きょう) … 衛の地名。

顔淵(がんえん)、回(かい) … 姓は顔(がん)、名は回(かい)、字は子淵(しえん)。孔子より三十歳若い。孔子よりも早く、三十歳(一説では四十歳とも)で死んだ。秀才で、門人の中で一番の学問好き。孔子の第一の弟子ともいわれる。「論語」の登場人物|論語、素読会

子匡に畏す。顏淵後れたり。子曰わく、吾女を以て死せりと為す。曰わく、子在す。回何ぞ敢て死せん。|「論語」先進第十一22
子畏於匡。顏淵後。子曰、吾以女為死矣。曰、子在。回何敢死。

「畏」(い)は脅かす、恐ろしい目にあう。「後」(おくれる)はほかのものよりも後になる。「女」(なんじ)はあなた。「在」(います)は「いる」「ある」の尊敬語。「敢」(あえて)は、どうして進んで…しようか。

孔先生が匡の国で恐ろしい目にあった。顔淵が遅れて追いついた。孔先生がおっしゃった、私はお前が死んでしまったのかと思ったよ、と。(顔淵が)言うには、先生がおられるのに、私(回)がどうして死ぬことができましょう。

【解説】

『史記』にはかつて匡で乱暴をはたらいた人物・陽虎(ようこ)に間違えられ監禁されたと記述されています。ほかにもこの出来事に関連する章句があります。「子匡に畏す。(中略)匡人其れ予を如何にせん。|「論語」子罕第九05
この章句から、孔子の諸国周遊の旅に弟子が帯同していたことが分かります。この孔子と顔回のやり取り、顔回のことば・表現の方法は現代でも全く遜色在りません。2,500年以上前から師匠と弟子の関係、深い情愛には変わりなかったことが伝わります。


「論語」参考文献|論語、素読会
先進第十一21< | >先進第十一23


【原文・白文】
 子畏於匡。顏淵後。子曰、吾以女為死矣。曰、子在。回何敢死。
<子畏於匡。顏淵後。子曰、吾以女爲死矣。曰、子在。回何敢死。>

(子匡に畏す。顏淵後れたり。子曰わく、吾女を以て死せりと為す。曰わく、子在す。回何ぞ敢て死せん。)
【読み下し文】
 子(し)匡(きょう)に畏(い)す。顏淵(がんえん)後(おく)れたり。子(し)曰(のたま)わく、吾(われ)女(なんじ)を以(もっ)て死(し)せりと為(な)す。曰(い)わく、子(し)在(いま)す。回(かい)何(なん)ぞ敢(あえ)て死(し)せん。


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